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紺碧の将

自分が自分である為に

2021.04.19

 私の髪の毛がものの見事に完璧に抜け落ちてから半年が経過する。朝と寝る前はお医者さんから勧められた頭髪液と軟膏でパンパン叩いて刺激を与えたり、すりすりしておまじないを唱えたり、私にしては真面目に薬と向き合っている。栄養が効いているのか頭艶もよろしく、スキンヘッドはつやつやと照り輝いていて美しい。なんて見惚れている場合じゃないけれど、実際に痛くも痒くもなく、一日おきのシャンプーも楽ちんこの上なし、寒い日は毛糸の帽子、ただ今はヴィトンの大判チーフをきりりと結んで掃除洗濯に勤しんでいる。

 季節は暑くもなく、コロナ禍で外出もままならないことを好都合にしているけれど、いざという時のために一応“ヴイック”というものも用意してある。かぶり心地はまあまあなら少しの我慢もしなければなるまい。知らない人が見たら髪の手入れの行き届いた奥さんに見えるかもしれないが、いつものオールバック、ポニーテールのシンプルさが私だと思っているから、正直言って装着気分はよろしくない。そっと息子に「どお?」と聞いてみた。彼はちょっと目をそらして「何だか……、イメージが……」と言ったきりである。いつも見慣れた母親ではないから違和感があるのだろう。

 やはり見た目は大切である。時が経てば慣れるかもしれないが、もしも突然長髪の息子が現れたら、私は腰を抜かすくらい驚くであろう。見慣れたイメージと言うものはそれがベストではないにしても、いつの間にかその人らしさを形成している。

 

 ずっと昔、子供たちが中学生や高校生だった頃のことであるが、私には忘れられない思い出がある。三男の担任の先生と親を交えた三者面談と言うものがあった。高校進学の進路についての話し合いがメインであったと思う。

 最初に先生が「木曽君のその頭、もう少し短くできないのかい」と言われた。突然のことで私も驚いたが、そういえば息子の頭髪は長めである。二人の間でしばらくやり取りが続いていた。どうやら彼の頭髪スタイルは校則違反か、それすれすれの線を行っているらしい。うかつにも親の私も全く頓着していなかったことなので、思わず居住まいを正して聞き入った。二人の会話は思いもよらず長引いてしまった。

 業を煮やした先生が「ところで木曽君、髪の毛を少し切ったからといって君がどう変わるというのかい?」。先生には息子の頑固さが不思議で仕方がない様子であった。私もなんにも言えない。ただ学生服にはしっかりと刈り上げた頭髪スタイルの方が似合うという思いはする。

 しばらく考え込んで彼はこう発言した。「つまり……短くすると僕が僕でなくなるんです」と。またしばしの沈黙である。先生も思いがけない発言に返答の仕様がない様子であった。

 親の出る幕とはこんな時かどうか分らないけれど、自分が無くなってしまうという息子の窮地を何とかせねば、と思い私は先生にこう申し上げた。「世の中には私たちが守るべき約束事は沢山あります。校則もその通り、みんなが好き勝手な行動をしたら学校生活は収拾がつかなくなり、先生方もお困りでしょう。でも校則は、子供たちを守る最低限の約束事であって、それに縛られて自分を見失うようなことになる校則なら無い方がましだと思います」と。

 進路についての話し合いはどこかへ飛んでしまい、頭髪と校則について終始してしまったが、私には貴重な体験として心に残っている。その後も息子はなんのお咎めもなく伸び伸びと学生生活を送ってきた。

 今の時代校則の在り方はどのように推移しているのであろうか。価値観の変化、外国人居住地の増加等、一律では決められない事柄が山ほどあるだろう。様々な縛りからの解放が叫ばれていると同時に、個々にとっての自由や平等の思いはその人しか持ちえないこともある。

 

 次の手段として、私の頭髪の治療を先生は考えておられる。正直言って私は現在の状況に親しみさえ感じ始めているから不思議だ。毛が元のようにふさふさ生えてくるのが望みであるが、そうなるとこの見事な(?)丸坊主とはお別れと言うことになる。ちょっと想像してみてください。映画のシーンで言えば一番分りやすいと思うのですが、男優さんなら絶対ユル・ブリンナー。「王様と私」「十戒」でその魅力はお墨付き、女優さんは「エイリアン3」のシガニー・ウィーバー。彼女の大胆な丸刈り頭の戦闘士ぶりは、さすが根性のある女優さんであることよ、と感動したものである。

 ジェンダー云々といっている昨今ですが、いつか、遠くない将来、そんなおばあさんに遭遇するのも悪くはないとは思いませんか?

 

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