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紺碧の将

つまらないことですが……。

2023.05.19

 昨年秋の個展会場でのこと、訪ねてきた友人が「つまらないものですけれど……」と言っておしゃれなパッケージを手渡してくれた。

 私は「つまらないものならいらないんですけれど……」と折角の好意を笑いながら混ぜっ返してみた。彼女も「あははぁ……」とはにかみ笑いをしていましたっけ。

 その人は私の娘くらいの年齢にもかかわらず、今は流行らない古風な物言いをしたのがかえって新鮮であった。「つまらないものですが……」は日本人が愛した謙譲の美徳を代表する言葉の一つである。その「お菓子」はとっても美味でおしゃれだったから、きっと彼女自慢の差し入れだったに違いない。

 

 近頃私の日常生活の一コマを一席。誠につまらないことですが……。

 夫が突然病を得て入院する事態となり、今は一段落してリハビリに励んでいる。元気印の彼が居ない我が家は急にひそっとしてしまい、五月晴れの緑がやけに眩しい。いつもと違った日常が流れる中で、今はささやかな自分の行為を楽しんでいる。

 箪笥の一段を占領していた夫の夏物のパジャマ類を全部洗濯機で洗い直し、アイロンがけを思いついた。この作業は端っから無視してきた私の家事人生であったが、ここへきて何とアイロンがけに目覚めたのである。皴っぽいパジャマにピシッとアイロンが当てられ、畳まれて箪笥にきれいに収められていく。この歳になってこの快感を味わえるなんて人生まんざら捨てたものではない。「さあ、真面目にリハビリを終えて早く帰ってきて、いつでもウェルカムよ」という心境である。

 全面芝生の中心辺りに”シロツメクサ“がこんもりと茂っていて、そこが小さなアイランドのような我が家の庭。毎年それは雑草として摘み取っていたのに、今年は大切に育ててみた。ここひと月くらいで、白い花もにょきにょき生えてきて、クローバーの緑の中で素敵にそよいでいる。ハチが花を渡っている。

 2年間坊主頭だった私の頭にも白い頭髪が広がり始めている。年齢の所為にしあきらめていたけれど、こうして再び伸びてきたことに私は生命の不思議を感じている。私とシロツメクサはお互いに呼びかけ合いながら今日という日を生きていくのだ。

 

 私が通う教会で言葉を交わす大作さんは御年94歳の高齢でありながら頭はキトキト(富山の方言で生きがいいということ)、そしてとてもオシャレさんである。交流もままならないコロナ禍の時代、私たちは文通という手段で生き延びてきた。一人暮らしを続ける中で息子さんとの約束が一つあると言う。毎朝スマホで「元気だよ」と伝える事だそうだ。

 そんな中でのやりとりの小話がふるっている。便秘で困っていた大作さんでしたが、ようやくお通じありの報告を受けた息子さんの返信は「おめでとう」。その後に続く大作さんの言葉は、「今日もお通じがありました。話も、便も詰まらない報告です」。息子さんから折り返し「座布団1枚!」のメールがあったそうだ。何とユーモアにあふれた親子の会話であることよ!!

 人は「つまらないこと」と謙遜しながら言うけれど、案外心の中では大切にしている自分の事なのかもしれない。

 

シロツメクサ

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