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紺碧の将

人生に時々テストを

2023.06.23

 6月〇日は3年に一度やって来る運転免許更新のための試験日になっている。

 後期高齢者の仲間入りをしてからは、その試験とやらも面倒くさいシステムになっていて、何やかやで3時間もかかる。

 今年は前回にも増して気が重い。加齢による視力や記憶力の低下の心配もあるが、東京に住む息子からは「運転は止めなさい」ときつく言われ、肝心の夫は「よろしくお願いします」の一点張り。車を持つことの便利さに慣れてしまった私も「まあ、ひと先ず受けておこうか」という現状維持の結論に落ち着かざるを得ない。地方都市はやはり車が無いと不便である。

 

 さて、試験とかテストというものがこの年齢になってもついてまわるなんて想像できたであろうか。小学校の頃から私はペーパーテストというものが大の苦手で、その当日は仮病を使って学校をお休みするなんて苦肉の策を取ったこともあった。今思い返すとそんな事で小さな心を痛めていた自分が可哀そうに思えてくる。

 例えば「明日全国の県庁所在地のテストをする、覚えてくるように」。と言われたら、私は全て県名と同じ都市名を書くのだ。青森は青森、富山は富山であるから半分くらいは合っているだろうな、という感じ。そんな調子で何とか高校時代までをすり抜けてきたのである。

 そんな私にも嬉しい事もあった。予告なしのテストというのが時々あって、友達は不満気だが私はいつもの如くだから平チャラである。そしてクラス全体の平均点は落ちるけれど、私は大概上位の点数を頂いていた。だから「予告なしのテスト」は私は大好きであった。要するに覚えたくもない、あるいは興味のないことを強要される恐怖は半端ではなかったのだ。

 年月を経て、もう一人の息子の話であるが……。中学のクラスで成績順にABCDがランク付けされ、確か息子はCかDランクだったと記憶する。勉強しないからこの順位は無理もないと思ったから「もう少し頑張ったらワンランク上がるんじゃない?」と私はアドバイスをしてみた。「頑張らなくってここに居られるならこれでいい、頑張るとまた次はってことになるから」。と彼はさらぁ~と宣うた。さすがの私も開いた口がふさがらない。こんな発想もあるのかと我が息子の顔をまじまじと眺めたものであった。

 そして今になって私は驚くべき気づきをしたのである。高齢者のための運転免許の試験内容に「認知機能検査」というものがある。16種類の絵が提示され、一定の時間内に覚え込む。直後、頭をシャッフルさせるかのように並べられた数字を指定に従って消していくという作業があって、さあ本番、先ほどの16枚の絵の名前を思い出す限り書きなさい、というテストが待っている。この方法は前回も前々回も体験ずみで結構面白かった。

 実はご丁寧にも「これ一冊で大丈夫!」というテキストが市販されている。認知機能検査の問題全パターンが紹介されているというので私も購入、何と中身は昔の記憶にある絵もそのまま載っていて、何のことはないこれ全部覚えたら100点満点じゃないの、と思わせるものであった。毎回内容が違ってこそ己の認知機能度が分かるのではないのかしら?

 案の定、全パターンをなまじっか覚えたばかりに私の頭は絵であふれ、今回指定のパターンと重複してしまい、結果はさんざんであった(と思う)。車での実施試験、目の検査など終えて無事合格を頂けたけれど、やっぱり私は頭の中を空白にして臨むべきであったと反省している。そして今もそこの回路は幼い頃のまんまであることに気づかされる。そして我が息子も私と繋がっているという気づきである。不思議でも何でもなかった。

 幸いかどうか、今の私はビーズワークを天職と思えるくらい寝ても覚めてもビーズの事で頭の中は満杯である。現状維持でいいという息子にも、頭と心をざわつかせる何かが忍び寄って来るかもしれない。

 

 

 

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