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紺碧の将

「個展」という名の避けがたき誘惑① ─アナログ人間の堕ちるわな─

2022.11.18

 4年ぶりの個展(正確には2人展である)が1か月後に迫っていて、私の緊張ぶりは尋常ではなかった。

 GalleryからExcel形式の作品リストが送られてきて、入力の上開催日10日前迄に返信せよ、との通達があったからだ。冗談ではない、私の仕事は常に前日ぎりぎりまで作品作りに追われていて、価格を設定してすべての作品をリストアップする余裕など全くない。頭の中はその懸念で一杯にしながらもついに10日前を切ってしまった。完全に私の方が約束違反なわけでそれからの1週間というもの、メールでのやり取りが日に何度となく続き、お互いに展示会前からやれやれの気分。経理担当の彼女とは面識もないのに、1週間ですっかり苦労を分かち合った「メル友」になっていた。

 

 このgalleryのオーナーであるKさんとは、ある集まりを通して40年来の親友である。年齢は私より若いが、考え方も生き方も似ていてどう見ても機械や計算に強い人間ではない、との私の見解はおよそ正しいであろう。だから彼女からの個展の誘いも有難く受けてきた。お互いに違和感がないということはベースが同じであるという信頼で成り立っている。

 ところが今回ははっと気づかされた。Kさんはこの4年間で銀座のgalleryのオーナーとして確実に進化していた。苦手なPC操作は全てスタッフに任せ、自身は得意な外交と目利きで、作家を探し依頼するという全国行脚の旅を続けている。会期中ひょこっと顔を見せて「木曽さん元気でやっている? よろしくね」。とのたもうて風のように去って行く。

 そして肝心の私であるが、何の変化もない完全なアナログ人間であることに改めて気づかされる。私の原点は正しく「フウテンの寅さん」そっくりである。場所代を払ってお客に講釈を述べ、何某かのお金を頂くのだがそこには「おまけ」という機械では換算されない面白味も生じるわけで、そのようなやり取りに生きがいを感じている。PCで打たれた数字は動かしようがなく、その代わり収支決算はドンピシャり! その快感を味わう術を私は持たない。

 

 それでも予定通り展示会の幕が開き、会期も半ばを過ぎた頃、私は時間に間に合うべくビルの小さなエレベーターに乗り込んだ。もう1人若い女性と一緒であった。6階だから私と同じらしい。お客と心得て私は「ビーズ展へお越しですか?」と尋ねてみた。彼女は「そうです」と答えて、今朝京都から来ました。と言うのである。私は内心の驚きを隠しきれず「どうしてこの展示会をお知りになったの? 私がDMを差し上げたかしら?」矢継ぎ早の質問である。

「私はChinomaのサイトにある『ちからのある言葉』のファンなのですが、よく見ると「夢見るビーズ」も載っていて開いたら素晴らしいビーズの作品がいっぱいで、毎月夢中で見ています。いろいろ検索してこの展示会に辿りつきました。昔からビーズが大好きなんですよ」。6階に着くまでにおよそこの会話で私は納得した。彼女は会場へ入るなり「わー…」と歓声を上げ、「やっと来た!」と小躍りして喜んでいる。私もまだ目が白黒状態で、茫然と彼女の様子を眺めるばかりであった。それからゆっくりとビーズの作品を見てくれて、何種類かの小花を集めて小さなブーケを作り、両手の中で大切そうに包みながら「これを」と私に手渡してくれた。

 こうして現代の若い人達は、いとも簡単にPCあるいは便利なシステムを駆使して世界を広げているんだな、と実感した。目から鱗の体験であったが、これは私が頂いた稀なる奇跡のプレゼントだと思っている。

 

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