国家権力と一個人の壮絶な闘い

いかな辣腕政治家であっても国税局と検察庁はコワイらしい。それほどこの2つの組織には強大な国家権力が与えられているのだが、この作品は一介の会計士が国税局と検察を敵に回して7年に及ぶ闘争を繰り広げ、あげく勝利したという〝飯塚事件〟を詳細に描いた実録社会小説である。
高杉良のファクト重視の実録社会小説は定評がある。敵側の人間まで実名で記すなど、この作品も徹頭徹尾ファクト重視だ。一方で、公式の記録や主旨からはずれた記述が多く、読みにくいという意見も多い。本作も例に漏れず、裁判の記録や国会の議事録が多く引用されている。それによって真実味は増しているのだが、忌避する人がいるのは仕方がない。
TKCの創設者・飯塚毅が国税局とガチンコの闘いをし、相手を屈服させたという事実は知っていたが、詳細は知らなかった。ある意味、一個人が国家に勝ったようなもの。いったい、どのような人物がどのようにしてそれを成し遂げたのか。
本作の肝は、飯塚の少年期を丁寧に描いたことだ。それによって、やがて国家に対してもひるまない人物像の裏付けができた。
彼は刻苦勉励を絵に描いたような少年だった。家庭の経済的困窮をものともせず勉学に打ち込み、独学で英語やドイツ語をものにし、英語やドイツ語で書かれた書物を渉猟する。その後、雲巌寺の植木義雄禅師に師事し、厳しい修行をしながら人間を磨いていく。
国税局との闘争の原動力は、この少年期の人格形成にある。なぜならば、飯塚は生身の人間とは思えないほど強い。ここまで高い意識を持ち続けて自分に厳しい人間が、他人の不正や傲慢を許すはずがない。だから国税局の職員とのちょっとしたやり取りでも容赦なく相手のミスを突く。自意識とプライドが肥大化したエリートにとって、それは耐え難いことである。それがやがて逆恨みの根っことなる。
飯塚は〝立場の弱い中小企業経営者に資する〟ため、別段賞与と日額旅費という節税法を考案し、顧客に授ける。これを問題視したのが国税局の金子秀雄訴務官であり、安井誠関東信越局直税部長であった。安井はかつて衆目の場で飯塚に論破されたという苦い経験があり、逆恨みが妄想のように渦巻いていた。彼らはそれらを節税ではなく脱税とみなし、撤回するよう強圧的に求めるが、海外の税法にまで詳しい飯塚は〝自信をもって〟拒否する。
「どんな人間だって叩けばなんらかの埃が出るものだ」という彼らの思い込みは飯塚には通じない。彼は一片も不正を犯していないと確信を持っているからだ。鋼鉄の精神を持ち、植木老師という強固な師を持つ者である。彼の辞書に「降参」という字はない。
かくして〝思い通りにならない〟飯塚を相手に、安井や金子は係員80名を動員して飯塚の関与先に対し、一斉に苛烈な調査を開始する。わざと年末の繁忙期に執拗な調査を続け、相手を精神的に追い詰める。さらに顧問先を税務署に呼び出し、飯塚会計との顧問契約破棄の内容をあらかじめ印刷した文書に署名捺印させるような行為まで行う。これは明らかに営業妨害であり、違法行為による弾圧である。それによって飯塚会計の経営は急激に悪化し、飯塚の家族は生活すらままならなくなる。あげく、4人の職員が逮捕される。
ふつうであれば、ここで万事休すであろう。相手は強大な国家権力をかさに「江戸の仇を長崎で討つ」と執念を燃やしている。安井らはヤクザまがいの物言いと弾圧を続け、四方八方から飯塚を追い詰めていく。
その後の闘争については触れないが、渡邊美智雄代議士や国税庁顧問田中勝次郎ら、飯塚に味方する男たちが活躍する描写が見事。苦境にあっても飯塚を信じ続ける妻るな子と長男真玄の姿もいい。生活に困窮する飯塚に「これを使ってください」と50万円を渡す社員(飯塚は借りることにする)など、周囲を彩るエピソードも多彩だ。飯塚は身近な人たちから絶対的に信頼されていた。
逮捕から6年8ヵ月後、4人の職員は無罪となり、飯塚の勝利で終わったが、理不尽な弾圧によって顧客や世間の信用など多くを失ってもいる。弁護士たちからは国家賠償請求をすべきだと助言される。7年間の精神的苦痛や逸失利益を勘案すれば数億円の賠償は間違いないと。
しかし、飯塚はそれをせず、全国に先駆けて会計システムのコンピュータ化を進める。その判断のもととなるのが、植木老師が木村国税庁長官に面会し、「鑊湯無冷處」と揮毫した色紙を渡し、頭を冷やせと暗に停戦を促したということを人づてに聞いたこと。飯塚は、それを自身にも重ね合わせた。賠償請求によって多額の賠償金は得られても、また膨大な時間を費やさなければならないことのマイナス面を重視したにちがいない。
本書では最後に、妻るな子の歌が掲載されている。るな子は夫が死んでから一ヶ月の間に54首の歌を詠んだ。いくつか引いてみよう。
かなしみのなかにも漂う静けさや 不思議な暖か不思議な支え
ひたひたと心に通う別れかな 幸せですね あなた 心に呟き涙こらえぬ
飯塚に一分の非があるとすれば、それは頭脳が明晰で正しすぎることだったかもしれない。ハンドルの遊びのようなものがないのだ。だから、プライドの高い官僚を論破することにいささかの躊躇もない。「能ある鷹は爪を隠す」「恨みは敵なり」など、いにしえから伝わっている言葉の意味を噛み締めずにはいられない。
もうひとつ、TKCは栃木計算センターの略だと思っていたが、毅の読みから取っているということがわかった。自意識が強かったことがわかる。
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