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信長の遺体の謎に迫る、突拍子もないイマジネーション

file.214『信長の棺』加藤廣 文春文庫

 

 経営コンサルタントだった著者が75歳のときに発表したデビュー作というだけでじゅうぶん異色だが、内容も異色。本能寺の変の後、信長の遺体はついに発見されなかったが、そこに着目した歴史ミステリー。小泉元首相が愛読していたということでも話題になった。

 

 戦国時代を扱った書物には、しばしば太田牛一という名が出てくる。かの『信長公記』の作者であるが、彼は〝現場〟を知っている物書きだった。若い時分は弓の使い手として戦場を駆け巡り、のち信長に近侍した。晩年は秀吉との接点もあった。信長は自身の功績を世に喧伝するため、そんな牛一に白羽の矢をたてた。

 加藤廣は太田牛一に、信長の遺体を探すキーマンという役割を与えた。本能寺の変に至る道筋を裏で朝廷が画策していたこと、万が一の場合に備えて本能寺から南蛮寺への抜け道をつくっていたこと、秀吉がその抜け穴を塞いだことによって信長が横死したこと、秀吉は山の民出身であったことなど、著者の想像は幾重にも膨らみ、本作が出来上がった。秀吉が抜け穴を塞いだという設定は、後の作品『秀吉の枷』にも描かれている。加藤廣にとって、もはやそのことは小説用のネタを超え、妄想にまで膨らんでいたかもしれない。

 75歳まで経営コンサルタントを営んでいたので仕方がないとは思うが、筆致はビジネス書のようで、あまりアトラクティブではない。しかし、それを補って余りある、豊かなイマジネーションがある。読者は無心になって、その大海に身を浮かべればいいのではないか。

 

 世に残されている歴史書はどこまで信じていいのか。『甲陽軍鑑』も『信長公記』も、そして徳川関連本も、依頼者に都合よく脚色されているにちがいない。概ねのところでは事実であると信じたいが……。

 歴史小説に完全な真実を求めるのは見当違いというものだろう。そもそも当時の人物が語った内容が台詞として描かれている時点で、すでに創作である。

 しかし、それでいいのだ。鵯越の逆落とし、扇の的に矢を命中させた那須与一、桶狭間の奇襲、謙信の「敵に塩をおくる」、長篠設楽原の鉄砲三段撃ちなど、信憑性が乏しい通説はごまんとある。「そういうことがあったかも」と思わせて世間に流布させ、あげく後世の人々をも信じ込ませるなんて、じつに痛快ではないか。後世に生きる人間は、四の五の言わず、物語を楽しめばいい。

 

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