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紺碧の将

体は誰のものか?

2026.06.10

 朝、1時間ほど運動することを習慣にしてから20年くらいたつ。正確にいえば、3日続けて1日休む。筋肉に蓄積した疲労を解消するのはそのパターンが合っているようだ。

 運動は約40種類。十数年かけて少しずつ中身をブラッシュアップしてきた。体幹を鍛える動き、下半身や上腕の筋肉を鍛える動き、股関節などを緩める動きなど、自分の体を客観的に見つめ、組み合わせている。今もブラッシュアップは進行中である。

 場所は書斎のなかの1畳ほどの空間。それだけあれば、いろいろな動きができる。近くに東京体育館のジムがあるが、外へ出かけてトレーニングするのは自分に合わないと知っていた。今日は雨だからやめようとか、仕事が詰まっているからやめようなどと考える自分が想像できた。そのため、ジムに行って、どのような運動をしているかをじっと観察し、参考にしようと思った。道具は5キロのダンベルとビニールマット、それだけである。

 最近、心持ちが変化していることに気づいた。以前は惰性で〝日課〟をこなすときもあったが、今は思った通りに動かせることが嬉しい。周囲の人たちを見れば瞭然とするが、徐々に体が衰えてきて、思うように動かせなくなる。いずれそうなるにせよ、そうなるまで時間を稼ぎたい。

 体を動かしながら、ふと思った。自分の体は自分のものか、と。

 当たり前だ、自分のものだろ、と人は言うだろう。しかし、はたしてそうだろうか。魂は自分のものだと思うが、体は借り物だと思う。つまり、私という人間に与えられた乗り物のようなイメージ。借り物である以上、いたわって大事にしてあげなければいけない。

 そんなわけで、朝の運動は感謝とともに始まる。他人とはもちろん、自分に対しても馴れ合いになってはいけないと肝に銘じている。

(260610 第1324回)

 

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