第12回タカタラ賞、発表!
前回までの3回は昨年の日展から選抜したが、本来は書の作品を紹介しなければならない。知人の日展作家が「日展は書でもっているようなもの」と言っていたが、それほど応募者が多い。1万人前後はいるという。出品料は1点あたり1万円強のはずだから、計算すれば途方もない金額になることがわかる。とかく世の中に書をたしなんでいる人は多いのだ。
日展の書もそれなりの数を撮影したが、絵画ほど気が乗らないのは、額装の上に透明のアクリル板があるため、自分も含めて周囲が写ってしまうから。というわけで、日展の書はパスして、昨年、開催された「読売書法展」より数点を選んでみたい。
星弘道「最要妙處」。読売書法展では漢字だけの小数字は少ない。小数字といえば、独立書人団であろう。手始めに力強い漢字を出せば、この後の仮名書きがいかに優雅な書風かわかろうもの

井茂圭洞「秋の野の草葉の露を玉と見て取らむとすればかつ消えにけり 朝露にきほいて咲ける蓮葉の塵にはしまぬ人のたふとさ」。良寛の詩。変体仮名の選択のセンスが素晴らしい。迷いのない運筆は良寛の書体とはかけ離れているが、こういう筆致もいい

野田正行「香をとめて誰折らざらむ梅の花 あやなし霞たちかくしそ」。凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)の歌。梅の香をたよりに尋ねていけば、梅の枝を折りとれない人がいようか。無意味なのだから霞よ、梅の花を隠すのはやめなさいという歌意。変体仮名を用いていないため、読みやすい

中村裕美子「雲まよひほしのあゆくと見えつるは 蛍の空に飛ぶにぞ有りける」。勅撰和歌集『拾遺和歌集』に収められている歌。詠み人知らずとあるが、いったいどういう人が詠んだのだろうか。当時の日本人はとんでもない文化レベルである。真ん中あたり、見に美をあてがっているところに感心してしまう

上野杉詠「けふもまたこころの鉦をうち鳴しうち鳴しつつあくがれて行く」。若山牧水の歌。この人、かなりの良寛ラブなのだろう。良寛の愚直さ・稚拙さを取り入れようとしているのは一見してわかるが、良寛はもっともっと作為がない。良寛の書はだれにも真似がなきないのだ

長井素軒「このごろはくつろぎにけり 歌よめばよくもあしくも 墨磨れば濃けれうすけれ うれしくも恍れて書きけり かなしくも恍れて書きけり ただ楽しみて」。北原白秋の歌。書展の楽しみのひとつは、どの作者も「いい言葉」を選ぼうとしていることである。書展で初めて知った詩歌は少なくない

寺澤紀芳「すずむし〜」。巻物に書くというのも書の醍醐味

以下3点は、字の拡大写真で。近づいて見れば、字が生きているように思える


(260531 第1323回)
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