死ぬまでに読むべき300冊の本
HOME > Chinoma > 死ぬまでに読むべき300冊の本 > ひたむきに生きる人の美しさ

ADVERTISING

私たちについて
紺碧の将

ひたむきに生きる人の美しさ

file.215『一色一生』志村ふくみ 講談社文芸文庫

 

 染織家の志村ふくみさんは現在101歳。なにより彼女の生きざまに魅了される。これほどまでに自らの生と真摯に向き合い、瞬時も疎かにせず命を燃やし続けられる人は稀であろう。そのひたむきさに心を打たれる。

 エッセイストとしても一流だ。作家の力量はエッセイに表れるというが、当然だろう。創作は想像力を駆使すれば芸術の域に高められるが、エッセイはその人の経験値が物を言う。薄っぺらな生き方をしている人がすぐれたエッセイを書けるはずがない。

 志村さんは2歳のとき、母と別れ、父方の叔父の養女となった。長じて実母と会うくだりが本書の「母との出会い・織機との出会い」(147ページ)に描かれている。「常に夢みがちな母は、夕餉の途中でも夕陽が美しいといって子供達をひきつれて、野道に走り出るような人だから、家事はまことに下手で、本を読むこと、手紙をかくこと、人と語り合うことが好きであった」とあるように、母は豊かな感性の持ち主だったのだろう。富本憲吉夫妻とも交流があった。

 人生の転機は30歳を過ぎたころに訪れた。志村さんは幼子を抱えていたが、義父母に子を預けて近江へ移住し、染織家として独り立ちすることを決意する。志村さんの真剣な決意を受け止め、幼子を預かった義父母もあっぱれだ。

 しかし、染織家としては未熟だ。いつ結果が出るとも予測がつかない状況で、彼女はひたむきに励んだ。その頃の志村さんの心中を察すると、身が引き締まる。「早く一人前になって子どもを迎えに行きたい」の一心で励んだにちがいない。

 「藍を建てる」という言葉を初めて知った。日本の色といえば藍というイメージはあったが、この色を出すのがこれほど難しいとは知らなかった。藍は生き物であり、自然界との疎通がなければ思ったとおりの色は出ない。志村さんはそんな難題に挑み続け、さらに身近にある草木で染めた糸による紬織りを芸術の域に高めた。1990年、人間国宝に認定されたのは当然だろう。

 余談だが、芝木好子の名作長編『群青の青』(絶版)は志村さんをモデルにしているが、その本を併せ読むと志村さんの辿ってきた道が垣間見えるはず。化粧箱の装幀画も志村さんの作品。惚れ惚れする。

 

髙久多樂の新刊『紺碧の将』発売中

https://www.compass-point.jp/book/konpeki.html

 

本サイトの髙久の連載記事

◆音楽を食べて大きくなった 

◆海の向こうのイケてる言葉

◆多樂スパイス

◆ちからのある言葉 

◆偉大な日本人列伝 

【記事一覧に戻る】

ADVERTISING

STAND ALONE

Recommend Contents

このページのトップへ