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紺碧の将

「枯葉」のイメージを一変させた魂の一曲

file.028『サムシン・エルス』キャノンボール・アダレイ

 ジャズ史に残る名盤。このシンプルなジャケットを見ると、「枯葉(Autumn Leaves)」のメロディーが脳裏に浮かんでくる。メロディーを売り物にした作品が少ないジャズにあって、そこまで〝刷り込み〟に成功した例はあまりないだろう。   

 メンバーはキャノンボール・アダレイ(アルトサックス)、マイルス・デイヴィス(トランペット)、ハンク・ジョーンズ(ピアノ)、サム・ジョーンズ(ベース)、アート・ブレーキー(ドラムス)という面々。

 本題に入る前に、このアルバムが録音された1958年当時の各メンバーの状況を記しておく必要がある。マイルスは、このアルバムのリーダーでもあるキャノンボール・アダレイやジョン・コルトレーン、レッド・ガーランド、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズという錚々たるメンバーを率いて新たなモード手法に取り組んでいた。アート・ブレイキーといえば、リー・モーガンらを率いてファンキー路線をまっしぐらに突き進み、ハンク・ジョーンズはベニー・グッドマン楽団に所属し、エラ・フィッツジェラルドの伴走者として活躍していた。つまり、当時の状況を鑑みれば、このメンバーが集まって録音する必然性はまったくなかったわけだ。

 しかも、一聴してわかるように、音楽的なリーダーシップは明らかにマイルスが握っているにもかかわらず、名義上はキャノンボール・アダレイがリーダーになっている。

 いったい、なぜ?

 当時、マイルスは麻薬中毒でレロレロ状態にあり、まともな演奏活動ができる状態ではなかった。そんなマイルスに手を差し伸べたのが、ブルー・ノートのオーナーでありプロデューサーでもあるアレフレッド・ライオン。彼は、コロムビア・レコードと契約していたマイルスのリーダー・アルバムとしてではなく、名義上、キャノンボールをリーダーに据えるという裏技を使ってマイルスの出番をつくったのである。ところが、1回こっきりのバンドによって録音されたこのアルバムは、ジャズファンならだれもが知る名盤となってしまった。人生と同じで、なにがどう転び、どういう結果を導くことになるかわからない。

 もうひとつの「?」は、このアルバムの代名詞ともなっている「枯葉」を、なぜ選んだのか。よく知られているように、この曲はシャンソンの定番である。当時のジャズの傾向を鑑みれば、あまりにも〝不適切な〟選曲だった。しかし、これまたこのミスマッチが、輝かしい成果を残すことになった。

 マイルスがなぜこの曲を選んだかについて詳しくわからないが、録音の2ヶ月前、彼がパリに滞在していたことが、この曲に食指を伸ばすことになった理由のひとつだと考えられる。彼はパリでこの曲を聴き、自分なりに料理してみたくなったにちがいない。

 では、さっそくオープニングの「枯葉」を紐解いてみよう。

 まず、単調なピアノのリードに導かれてマイルスがミュートの効いた、切ない音で端緒を開く。はじめの数小節で、すでにマイルスの世界にいざなわれる。しかも、マイルスからバトンを受けたアダレイのサックスが母性的で泣かせる。まるでマイルスの心痛をすべて受け止め、懐に抱いて慰撫するかのような慈しみの音だ。その後、バトンは再びマイルスに渡り、晩秋の味わい深い風情を醸す。

 次に前面に出てくるのはピアノのハンク・ジョーンズだ。クラシックを聴き慣れた耳にはあっけないほどシンプルな音に聴こえるが、マイルスが敷いた路線を展開するにはこういう音作りが適しているのだろう。マイルスとアダレイが放った熱をさますように淡々と、粛々と奏でる。その後、バトンはマイルスへと渡り、フィナーレに向かってトランペットとピアノがトーンダウンする。最初から最後までベースとドラムは淡々とリズムをキープし、建物の基礎のようにしっかりと全体を支えているのも好感が持てる。

 続く「ラブ・フォー・セール(Love For Sale)」から6曲目の「アリソンズ・アンクル(Alison’s Uncle)」まで、絶妙のバランスのもと、マイルスの世界が表出する。なお、「ダンシング・イン・ザ・ダーク(Dancing In The Dark)」のみマイルスが参加せず、リーダー名義のキャノンボールが、ここぞとばかりふくよかでメロウなアルト・サックスを聴かせる。

 何度聴いても飽きるどころか味わいが増す。名盤の条件は? と聞かれれば、そう答えるしかない。

 

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