音楽を食べて大きくなった
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紺碧の将

9.11後の殺伐とした空気に温かい波を広げる

file.027『ザ・ライジング』ブルース・スプリングスティーン

 1枚聴き終えるまでに、何度胸が熱くなることだろう。それほどにハートのこもった作品だ。

 ブルース・スプリングスティーンと聞いて、アメリカ人の愛国心を煽るロック・シンガーだと勘違いしている人が多いようだ。稀にそういう曲もあるが、このアーティストの本分は労働者階級など社会のなかで下に見られがちな市井の人々の側に立って、アメリカという〝人口国家〟の歪みや暗部を表現すること。イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』がそうであったように、自国大好きのアメリカ人が、そういう主旨の作品を受け入れるところが興味深い。多様な価値観を認めるというベースが社会のなかに根づいているからなのだろうか(近年は少しずつ変化しているが)。

 

 ブルース・スプリングスティーンはデビュー以来、一貫して第一線で活躍している。もちろん、今でもバリバリだ。

 この『ザ・ライジング』は9.11の翌年、2002年に発売された。前作『ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード』から7年の時が流れていた。

「エンプティ・スカイ(Empty Sky)」では、日頃見慣れた光景がなくなったということに対する虚無感をみごとに表現している。

 

 今朝、目覚めた時、そこには空しか見えなかった。

 通りには血、上から落ちてきた血、地面で愛しい家族の血が叫んでいる。

 

 ブルースは、想像力を喚起させることが大切なのだと言っているのだ。そこにいたのが自分だったら、自分の家族だったら、自分の愛する人だったら……と。

「イントゥ・ザ・ファイヤー(Into the Fire)」と「ザ・ライジング(The Rising)」は救助活動で命を失った消防士についての歌だ。彼らに対する深い崇敬の念と愛惜がしみじみ伝わってくる。

「ユー・アー・ミッシング(You’re Missing)」は愛した人を失った遺族の喪失感を謳っている。

 当時、アメリカ全土がイスラム社会への憎悪をかきたてているなか、ブルースは心を痛めつつ、きわめて冷静だった。「ワールズ・アパート(World’s Apart)」ではイスラム系のパキスタン人シンガー、アシフ・アリ・ハーンを大きくフューチャーし、報復すべきではない、報復からは何も生まれないとイスラム社会との融和を唱えている。背景にあるのは「なぜ、貧しい彼らがこんなことをしなければいけなかったのか」という深い問いである。あの悲惨な出来事を、人種や国籍、宗教、信条超えて、異なる文化がわかりあえるきっかけにすべきだという思いを表した。

 15曲すべてが生き生きと脈打っている。人の温もり、熱い情熱、体臭と血の匂い、そしてかすかな希望が聴き手の心に沁み込んでくる。

 盟友Eストリート・バンドとは、なんと『ボーン・イン・ザU.S.A』以来、18年ぶりの共演だったこともつけ加えておこう。

 

 ところで、ドイツのメルケル首相は、ブルース・スプリングスティーンのファンだという。彼女自身、旧東ドイツの出身で、若い頃に味わった辛い記憶をブルースの曲が癒やしてくれるという発言の記事を読んで、メルケルさんへの好感度が一気に増した。

 

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