部分を見て全体を見ず
ある日の新聞に、片足立ちの運動をテーマにした本の広告が出ていた。大きなコピーが2つ並ぶ。
「たった1分なのに52分のウォーキングより効果的」
「1日1万歩より優れている」
いちいち健康本の広告にケチをつけるのもどうかと思うが、この見方こそ今の医療全般、あるいは社会の様相そのものだと思うから、あえてケチをつけたい。
日頃、私は「すぐに得たものはすぐに失われる」と広言しているが、そういう風潮はなくなるどころか勢いを増している。コスパにはまだ一定の理があるが、タイパとなると一気に空疎となる。
たった1分片足立ちをするだけで1万歩あるくより効果があるという主張は、人間の体(この場合は脚)を部品としてしか見ていない証拠だ(そもそもこの主張の裏づけがアヤシイものだが)。
歩くことにはさまざまな効能がある。言ってみれば、人間の基本的な動きでもある。
・大地をリズミカルに歩くことによって、その刺激が脳や体全体に伝わる
・体幹が鍛えられる
・外の景色を見ることで脳に刺激が伝わり、リフレッシュ効果がある
・太陽の光を浴びることによって〝幸せホルモン〟と言われるセロトニンを生み出す素となるビタミンBが生成される(質の良い睡眠につながる)
など、その効能は絶大である。1分間、片足立ちをしただけでは得られないものばかりだ。
昔から「木を見て森を見ず」の弊害が戒められているが、人間は学ばない(=懲りない)生き物である。最近とみに多い、個人データの流出も、遠因を探ればそれに行き着くのは明らか。
困ったものである。
(261028 第1341回)
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