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紺碧の将

雪舟の庭と埋もれた天才

2020.03.23

 うっかりすると惰性に陥りがちな日常に、いかに美しい変化をつけることができるか、人生の要諦はそれにかかっていると思っている。だれにとっても「同じ時間」を良くするも悪くするも当人次第。もちろん、自分の意のままにならない時代もあったし、世界には今でもそれが叶わない人たちが大勢いる。しかし、日本に生まれたという幸運な境遇にある者は、自分の意志で平坦な時間を自分流に染めることができる。

 前々回、東福寺について書いたが、東福寺の塔頭寺院のひとつに芬陀院(ふんだいん)という小院がある。塔頭(たっちゅう)とは、禅宗寺院で、祖師の死後、弟子が近くに建てた塔や庵や小院をいう。

 芬陀院は小さいが、静かで気品ある佇まいは、超一級と言っていい。

 ピリピリと張り詰めた空気はない。「お仏壇以外はどこを撮影してもいいですよ」という配慮があるし、ごろ〜んと寝転がって庭を眺めていても平気なおおらかさがある。

 この小院、じつは〝雪舟庭園〟と呼ばれている。雪舟が作庭したからである。

「え? あの墨絵師の雪舟が?」と思う人も多かろうが、私もそう思った一人。事実、そうなのである。この小院にある庭は、雪舟が石で描いた枯山水の墨絵といってもいい。向かって左側に「鶴嶋」を、右側に「亀島」を配したことから「鶴亀の庭」とも言われている。

 さらにすごいことがある。火災などで荒廃したこの庭を一石の補足もなく復元した人がいる。重森三玲である。つまり、この庭には雪舟と重森三玲が関わっているのだ。とんでもなく贅沢な庭だということがおわかりいただけるだろう。

右上が庭の風景。下はその片隅にあるつくばい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 芬陀院のワクワクはそれだけではない。襖絵がとんでもない逸品なのだ。とくだん名の知られた画家でもないし、日常使いのように扱われているため注目する人は少ないかもしれないが、村上東洲という人が描いた襖絵に度肝を抜かれた。

 もちろん、その名を聞いたことはなかった。家に帰ってネットで調べてみても、「江戸後期の画家。京都生。名は成章、字は秀斐。僧鼇山(一説には大西酔月)に学び、人物・山水を能くした。文政3年(1820)歿、享年未詳」ということくらいしか書かれていない。しかし、力量が半端じゃないのはこの絵を見てもわかるはず。わずかな線だけで、衣服の内側にある肉体のたしかな存在感が表現されている。なんなんだこの線は! なんなんだこの構図は! と思わず唸ってしまった。有名な画家の有名な作品の前に行列をつくるのもいい。でも、自分だけの傑作を見つけるのも楽しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは誰が描いたものかわからない。モチーフは芍薬かな。この絵もすごい。

すごいなどという言葉を物書きが使ってはいけないことを百も承知のうえで「すごい」と書いてしまう。そういう力を秘めた画家が昔はゴロゴロしていたのだ。現代のように便利なものがなかったから、さまざまな物をじっくり観察し、じっくり我がものにしたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すごい! のひとことである。

 

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(200323 第979回)

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