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紺碧の将

第11回タカタラ賞、発表!

2026.05.24

 「SINRA」1996年7月号を読み返していたら、鵜飼の記事のなかにこんな文章があった。

 ――鵜は獣医が調べれば雌雄の別はつくらしいが、しかし、長良川の鵜匠たちは代々あえてそれを知ろうとはしなかった。じつは、伝統の技や道具が変わることなく1200年も続いてきた秘密がここにあった。

 雌雄がわかればすぐに人間の都合でアユをよく取る優秀なオス、メスを選んで人口繁殖を試みるはずだ。優秀な鵜ばかりになればなったで、次に道具や技術の近代化に血道をあげることになる。

「わしらの鵜飼は、ただ魚を取るだけやないでな。科学とか近代化とか合理化が進めば、愛だの情だの風情だのといった感性が失われるやろ。結果、火と水と鵜が三位一体となって醸し出すいわくいいがたい鵜飼の優雅さが消えてしまうというわけや。自然をいじってはいかんのや」

 人間が自然界にある遺伝子を操作し、人間の下で働く道具にしてしまっていたら、とうのむかしに長良川の鵜飼漁は消滅してしまったというのだ。

 

 前回、なにげなく「わからないことはたくさんあった方がいい」と書いたが、こういうことを言いたかったのだと気づかされた文章であった。賢い人は、人間の愚かさをきちんと理解している(もちろん、自分も含めて)。

 

 では、前回に続き、昨年の日展から。

渡辺正巳「鉄塔」。なんなのだ、この人の感性は! 醜悪な電線の鉄塔をこんなふうに描ける能力はどのように培ったのか。身近に飾りたいとは思わないが、なにげない風景をどのように見るかで生活の質が変わるということを教えられた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香取恭三「秋の日」。メルヘンチックな画題だが、心がほのぼのとしてくる。この人が吹いているのはモーツァルトかな。犬だけでなく、花々も聴き入っているかのようだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山本和夫「初詣・震災・兎の記憶」。東北地方の正月の風景。東日本大震災の翌年だろうか。森のなかの社が神々しい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴木義伸「秋晴」。父親の姿だろうか。長靴を履いて、どっかと大地を踏みしめている。ごっつい面構えがなんとも頼もしい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴木あき子「ウンベラータ」。赤は血の色、情熱の色。葉っぱとの補色の関係を活かし、エネルギーの発露を感じさせる一枚に仕上げた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市場勇太「遷移」。これは染色による作品。錆びたトタンの壁もこんなに風情を醸す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石原真理「言の葉」。この作品も染色。植物を描くのに緑をいっさい使わず、日本の伝統色・藍を使って表現したところが秀逸。タイトルの通り、葉っぱは言葉の端緒である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冨岡大資「始まり」。陶芸の部からひとつを。形のユニークさ、表面のテクスチャー、黒いクラック……。創意が溢れている  

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(260524 第1322回)

 

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