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紺碧の将

冷静な怒りと不条理

file.030『華氏96°』サード・ワールド

 ロシアの作曲家の次は、ジャマイカのレゲエ・バンド。本コラムは激しく旅をする。

 タイトルの華氏96°は、このアルバムに収められた「1865」の冒頭に出てくる。「日陰でも華氏96°もある。ほんとうに暑い」と。

 しかし、摂氏に直すと35°強。今年の6月末、カナダで49.5°を記録し、多くの死者を出したことを思えば、〝なまぬるい〟という印象は拭えない。

 本作は、サード・ワールドのセカンド・アルバム。サード・ワールドはのちに「トライジャー・ラブ」をヒットさせ、どちらかといえば〝骨のない〟レゲエ・バンドと見られがちだが、1877年に発売された本作はレゲエ史に残る傑作。

 その当時、御大ボブ・マーリィはウェイラーズを率いて絶頂期を迎えていたが、私は〝大関格〟はサード・ワールドとブラック・ウフルーだと思っていた。特にこの作品は、全編に生命力がみなぎり、サウンドの構築やハーモニーも秀でている。先述の「1865」は、うだるような暑さのなか、処刑された黒人・ポール・ボーグルの不条理を歌ったもの。彼が殺された年が1865年だった。ボーグルはイギリスの植民地だったジャマイカで、イギリスの圧政に抵抗した英雄である。

 このアルバムに収められた曲の大半は淡々として、そこかしこに諦観や達観と哀切がまじっている。しかし、それらの隙間に楽天性が感じられる。ジャケットを見るとお気楽な印象を受けるが、底抜けの明るさはここにはない。ボブ・マーリィのように力強さがあるわけでもない。肌の色が白人と異なるというだけの理由で味合わされている不条理を、淡々と表現しているからこそ、訴える力が強いともいえる。

「1865」以外にも「種族戦争(Tribal War)」「ヒューマン・マーケット・プレイス(Human Market Place)」「生命の鼓動(Rhythm of Life」)など、作り手の思いが凝縮されたような作品がいくつもある。これほどの作品をつくることができたバンドが、後年なぜあれほどポップなバンドに……と考えると、文化人類学的な興味が湧いてくる。

 あまり知られていないが、バンドのメンバーには元副総理大臣の息子が含まれているなど、多くは中流階級の生まれだ。その出自がゴリゴリの原理主義的な反体制へ傾くことをさせず、いっぽうで西洋音楽との接近を促したとも考えられる。しかし、背景がどうであれ、この作品がレゲエファンやロックファンに半永久的に愛聴されることは疑いない。もちろん、私も墓場まで持っていくつもりである。

 

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