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官能的な音の交わり

file.015『ワルツ・フォー・デビイ』ビル・エヴァンス

 ジャズのエッセンスはライブにこそある。それも、きちんとしたコンサートホールではなく、ライブハウスが望ましい。その場のざわめきがリアルに感じらるほどラフな雰囲気。それでいて、演奏は文句のつけようがない。そんなライブといえば、すぐさまこの『ワルツ・フォー・デビイ』が思い浮かぶ。

 1961年、ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードで行われたビル・エヴァンス・トリオのライブである。2週間ほど行われたライブのできがよかったため、急遽最終日の6月25日に録音された。

 ビル以外のメンバーはスコット・ラファロ(b)とポール・モチアン(ds)。このライブの11日後、スコットが自動車事故で命を落としたことで、この録音が彼の最後のテイクとなってしまった。

 ビル・エヴァンスはジャズ・ピアニストとしては珍しく白人。クラシックを学んだという経歴もあってか、ジャズ独特の汗や垢が沁みた空気感がない。よく言えばクールだが、一枚皮膜を被った音楽に聴こえてくることもある。

 しかし、スコットはそんなビルの個性を活かしつつ、ほどよく彼を煽り立てる。リズムとメロディーとハーモニーを併せ持ったベースラインでビルを挑発し、彼に寄り添う。ビルもそれに応えるかのように、緩急、強弱、動静の表情をつけ、曲に温もりを与えている。まさにビルとスコットの魂の交わり、インタープレイである。

 つくづく思う。ピアノの硬質の音とそれらをしっかり受け止めるベースの音は絶妙な組み合わせだ、と。妄想をたくましくすれば、男女の交わりにも思える。

 

 店内は客たちのおしゃべりをはじめ、グラスの触れ合う音、食器類がぶつかる音がする。マニアックな人は地下鉄の音まで聞きわけるという。これこそがヴィレッジ・ヴァンガードの空気なのだ。おそらく、客たちはジャズ史に残る名演奏に立ち会っているとはみじんも思っていないはず。そんな状況にもかかわらず、ビルたちは魂のこもった演奏を繰り広げる。こういうシチュエーションは、クラシックにはない。当然といえば当然だと思うが。

 このアルバムの収録曲は、

1「マイ・フーリッシュ・ハート(My Foolish Heart)」

2「ワルツ・フォー・デビイ(Waltz For Debby)」

3「デトゥアー・アヘッド(Detour Ahead)」

4「マイ・ロマンス(My Romance)」

5「サム・アザー・タイム(Some Other Time)」

6「マイルストーンズ(Milestones)」

 CDにはボーナストラックとして4曲プラスされているが、これらは完全に無視していい。全体のバランスを損なうだけ。いったい、誰がこういうことを考えるのだろう。せっかく容量が余っているのだからなにか入れてあげようという発想なのだろうが、よけいなおせっかいだ。

 1曲目は映画『愚かなりし我が心』のサウンド・トラックとして知られる。シンバルのさざめきがいい。静かでスローだけに、その場の空気の震えが伝わってくる。

 続く「ワルツ・フォー・デビイ」は、ビルが当時まだ2歳だったデビイという姪のために書いた曲。静かなワルツ(3拍子の舞曲)で始まり、途中から4ビートに変わるチャーミングな曲だ。『Time Remembered Life&Music of Bill Evans』というビルのキュメンタリー映画で、デビイは、「幼い頃、よく目の前でこの曲を弾いてくれた」と語っている。ビル・エヴァンスが自分のために書いてくれた曲を、幼い頃から聴いていたとは、なんて幸運な人なのだろう。

 3曲目から5曲目までは比較的地味だが、スコットのベースの音が艶々としてくるのがわかる。まさに諸手を広げてビルの音を受け止め、包み込み、交わっているかのようだ。

 最後の「マイルストーンズ」は、マイルス・デイヴィスの代表曲のカバー。ライブハウスでの録音なのに、音が立体的で生々しい。寄せては返す波のように、リズムが変化する。最後を締めるにふさわしいナンバーだ。

 アルバムジャケットも秀れている。黒と紫を基調に、女性の横顔のぼやけたシルエットを浮かばせた印象的なデザインだ(デビイがモデル?)。

 

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