音楽を食べて大きくなった
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紺碧の将

骨格と筋肉が複雑に絡み合う人体のよう

file.065『So』ピーター・ガブリエル

 1986年に発表されたこのアルバムを聴くと、給与生活をやめ、自分の旗を揚げる直前のザワザワした心持ちが蘇ってくる。

 ピーター・ガブリエルは〝ヘンな〟人である。プログレッシブ・ロック・バンド「ジェネシス」のヴォーカリストのときは、奇抜で悪趣味な(?)衣装やメイクで押し、ソロに転じてからはロバート・フリップやトニー・レヴィンなど一流の才能と交わりながらアフリカなどの民族音楽とロックの融合を図り、多くの優れた才能を発掘した。かと思えば、新しい映像での表現(現在、PVは当たり前だが)を切り拓き、人権活動や政治運動にも尽力した。

 まじめな人なのだろう。なにごともいいかげんには済まさない気質があるようだ。

 1975年、ジェネシスを脱退してからピーターが発表した4枚のソロ・アルバムは、芸術的な完成度は高いが、地元イギリスでも10万枚以上売れることはなかったというほど、ある意味で時代の先を行っていた。しかし、初めて固有の名前をつけられた5枚目では、ピーターのポップセンスが花開いた。

 前作『ピーター・ガブリエルIV』を発表したあと、「WOMAD」(World of Music Arts and Dance)でワールドミュージックと邂逅した収穫が早くもこのアルバムに表れている。ゲストで参加したケイト・ブッシュ、スチュワート・コープランドは時の人。ピーターが発掘したセネガルのシンガー、ユッスー・ンドゥールは未知の大器。リズム隊を担うアフリカ系フランス人ドラマーのマヌ・カシェとスキンヘッドのトニー・レヴィンは当時世界最強と言って過言ではない。有名な「シークレット・ワールド・ツアー」を収録したDVDでのマヌ・カシェ(フランス国籍の黒人)のドラミングを見れば、それがどれほど凄まじいかわかる。全身これ強靭なリズムなのだ。

 収録ナンバーはどれも個性的で、ひとつとして無駄がない。

 オープニングの「レッド・レイン(Red Rain)」が描き出すのは、血の雨が降りしきる情景。ピーターは雨を細やかなリズムパターンに置き換え、「人間が本来持っている抑制された感情」(本人談)を表現している。

 尺八の音に誘われて始まる「スレッジハンマー(Sledgehammer)」は数十種類のリズムを組み合わせたといわれるが、しっかりした骨格としなやかな筋肉が複雑に絡み合う人体のような構造を持っている。なんと、全米チャート1位という、ピーターらしくない〝快挙〟のオマケまでついた。PVの完成度の高さが大ヒットにつながったことは明白だが、ちなみにコマ取りのアニメーションを多用して作られたこのPVのディレクターは、スティーヴン・ジョンソンである(この作品は1987年のMTVミュージック・ビデオ・アワーズのベストビデオに選ばれている)。

 続く「ドント・ギヴ・アップ(Don’t Give Up)」はケイト・ブッシュとのデュエット。ピーターをしっかり抱きしめて「あきらめないで」と歌うケイトは母なる存在の象徴か。〝イッチャッてる〟頓狂な声がピーターのハスキーな声と調和する。リチャード・ティーの抑えたピアノも効いている。ずっと抱き合いながら歌うだけという奇妙なPVも印象に残る。

 特筆すべきは「イン・ユア・アイズ(In Your Eyes)」。本コラムfile.005、ユッスー・ンドゥールの『ジョコ』の項でも書いたように、ピーターはこの曲のエンディングでとんでもない才能を世に知らしめた。しかも、出し方がツボを押さえている。歌が終わった後、フェイドアウトする前にユッスーの声は聞こえてくる。まるで、大草原の向こうから響いてくる原住民の声のように……。私は、このヴォーカルを聴いて、いっぺんに惚れ込んでしまった。案の定、ユッスーの活動範囲はワールドワイドになり、セネガルのスーパースターとしていまも活躍している。ピーターはプロデュース能力も並ではないことを証明した。

 ほかにも、ポリスのドラマー、スチュワート・コープランドを起用した「ビッグ・タイム(Big Time)」など、聴きどころ満載だ。

 かくしてこのアルバムは売れに売れ、500万枚以上のセールスを記録してしまった。ピーター自身にとっても、なぜこんなに売れたのか、わけがわからなかっただろう。

 ところで、私は10代後半から、多くのロック・コンサートに行ったが、ベスト・パフォーマンスを選ぶとすれば、1993年、ピーターの「シークレット・ワールド・ツアー」をあげたい。彼にとって初の日本公演となったそれは、演奏・演出ともにきわめてハイレベルで、「ロックのライブはこれで頂点をきわめた」と確信した。

 

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