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紺碧の将

ジャズの基本形を再認識させた1丁目1番地

file.064『スタンダーズVol.1』キース・ジャレット・トリオ

 キース・ジャレットは、知名度が高い割に、その評価は分かれるようだ。かなりのジャズ・ファンだと思える村上春樹は、キース・ジャレットとラーメンは好きじゃないと書いている。おそらく、ジャズ特有の〝匂い〟がしないからだろう。キースには黒人の血が流れているが、音は知的で白っぽい。音は洗練されていて、こぎれいだ。ビル・エヴァンスを彷彿とさせる音が随所にある。モーツァルトのピアノ協奏曲を弾いたりギドン・クレーメルと共演するのだから、アカデミックな音楽理論や演奏技術にも通じているのだろう。それらが、彼の音をジャズっぽくしていない一因かもしれない。

 しかし、私は好きだ。特にスタンダーズ・シリーズは。

 発売当時、私はとあるジャズのライブハウスでアルバイトをしていて、営業時間外にこのアルバムを大音量でよく聴いた。JBLのどデカイスピーカーから流れてくる音は固形物のようで、圧倒された。なるほどピアノ・トリオはこんな風に各楽器がからみあい、立体的な音楽になるのだなと感心した。特にピアノの硬質の音とベースの柔らかい音の組み合わせは抜群だ。そこにドラムがからむ。それぞれ3者の力量がくっきりとわかるのもいい。それに吹奏楽器を組み合わせれば、より力強く、複雑になるが、まず基本形はピアノ・トリオである。

 キース・ジャレット(P)、ゲイリー・ピーコック(b)、ジャック・ディジョネット(ds)の不動のメンバーによるスタンダーズ・シリーズは、この作品を端緒に数々の名盤を世に出した。とりわけ1983年に録音された本作がいい。ジャズの新しい潮流をつくった。スタンダーズの価値を再認識させたといえる。

 特に驚いたのが、最後に収録されている「God Bless The Child」。ビリー・ホリディの作品だが、もののみごとに意訳し、ロックの趣きがある曲へと変貌させた。

 この解釈こそ彼ら3人の真骨頂だ。既成の概念にとらわれていない。風通しがよく、大空を雲が自由に行き交っているような趣きだ。

 往年の名曲を4曲披露したあと、この曲で〆るという構成が洗練されている。選曲もキースらしく、品があって洗練されている。

 とはいうものの、ライブ演奏のときのキースは、お世辞にも品がいいとは言えない。中腰になって腰をグラインドさせ、唸り声を発しながら弾く(唸りながら弾くのはグレン・グールドの模倣か)。

 ジャズを聴いてみたいがなにから聴けばいいかわからないという人は、ひとまずキース・ジャレット・トリオのスタンダーズ・シリーズのライブの版のどれかを聴くといい。聴きやすいうえ、ジャズのフィーリングに溢れている。

 

 キース・ジャレットが演奏活動を断念するとの報に接し、驚いた。脳卒中による左手麻痺の完治の見込みがなく、回復したとしてもコップを握れる程度だという。これからますます円熟味が増す時期。本人も無念だろう。

 キースの略歴を見ると、早くも1996年、慢性疲労症候群を発症している。この病名は初めて聞いたが、会話もできないほど極度の疲労に襲われたらしい。療養の後、復帰し、活動を再開するも、2018年に脳卒中を2回発症して麻痺状態となった。もうこれ以上、キースの新しいスタンダードを聴くことはできないとわかると、これまでの録音を無性に聴きたくなる。

 村上春樹がなんと言おうと、キース・ジャレット・トリオはすぐれたトリオだと思っている。

 

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