音楽を食べて大きくなった
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紺碧の将

調和と丹精が際立つ、ハードバップの名作

file.040『クール・ストラッティン』ソニー・クラーク

 なぜか、日本の洋楽界には特有の現象がある。年の暮れになるとベートーヴェンの「第九」が頻繁に演奏されたり、ほとんど無名だったクイーンをいち早く評価したり……。

 ソニー・クラークの人気もそのひとつ。本国アメリカでは、優れたサイドマンという程度の評価だったが、日本のジャズファンの間では彼は神格化されているともいいほどで、とりわけ彼の代表作『クール・ストラッティン』は特別な意味を持つ一枚として愛され続けている。

 ジャズ喫茶の全盛期、最もリクエストされた一枚であり続けたし、彼の没後23年を経た1983年、山梨県の山中湖畔で開催された「マウント・フジ・ジャズ・フェスティバル」で、トリビュートバンドによる『クール・ストラッティン』の再現ライブが行われた時は会場がどよめきの坩堝と化したという。

 その時、聴衆のなかに、ブルー・ノート・レーベル生みの親アルフレッド・ライオンと『クール・ストラッティン』のジャケットに写った美脚の持ち主として話題をその名を知られたルース・メイソンがいた。

 

 タイトルが絶妙だ。気取って歩くという意味の“Strut”の前にCoolをつけている。その名にふさわしいジャケット写真も秀逸。「世界で最も有名な女性の脚」と言われているが、さもありなん。いまだに脚だけでこれだけ世に知られたジャケットもあるまい。

 じつはこれ、ブルーノート・レーベルに多くの名写真を残したフランシス・ウルフという人が撮影したものである。彼とデザイナーはいいアイデアが出ず苦慮していたが、昼食のためにレストランに向かう途中、いっしょにいた女性に歩いてもらい、即興で撮影した1枚が使われたという。

 その女性こそ、前述のルース・メイソンであり、やがてアルフレッド・ライオンの2番目の妻となる人である。

 つくづく、みごとな写真だと思う。ローアングルから〝クールに気取って〟歩く女性の一瞬を捉えた写真は、さまざまな物語を予感させる。右足に焦点を当てスリットの入った黒いタイトスカートは太ももあたりでトリミングされている。つまり、それから上は想像にまかせるという構図だ。ヒールの高いパンプスも優雅だ。

 さらにユニークなのは、女性の向こう側を歩くコート姿の男性の配置だ。あるいは偶然写ったのかもしれない(たぶん、そうなのだろう)。ちょっともっさりした歩き方の男性が女性に気を取られている表情が目に浮かぶようだ。本作が発売されたのは、1958年。ココ・シャネルがファッションの常識を一変させてから、20年以上の歳月が流れている。黒いタイトスカートにパンプスという女性が街を闊歩する時代になっていたということだ。

 ずいぶん前置きが長くなってしまったが、肝心のサウンドに話題を移そう。メンバーはリーダーのソニー・クラーク(p)、アート・ファーマー(tp)、ジャッキー・マクリーン(as)、そしてマイルスの信頼が厚いポール・チェンバース(b)とフィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)のリズム隊の合わせて5人。

 ピアニストのリーダー・アルバムだが、その割にクラークのピアノは控えめだ。ファーマーとマクリーンの二人に主役を譲り、自身は全体の統率役に徹しているというか、サッカーでいえばセンターバックの役割を担っている。

 しかし、注意深く聴けば、クラークの演奏が卓越していることに気づく。抑えるべきところは抑え、出るべきところは出る。そのメリハリがうまいのだ。全体を把握できるからこその采配だろう。いぶし銀とはこういうことを言う。

 オープニングの「クール・ストラッティン(Cool Struttin’)」と続く「ブルー・マイナー(Blue Minor)」はクラークのオリジナル。いずれもファーマーとマクリーンのソロは哀切に満ち、チェンバースとジョーンズは腕っこきの職人のごとき冴えを見せる。

 3曲目の「シッピン・アット・ベルズ(Sippin’ at Bells)」はマイルス・デイヴィスの作品。疾走感溢れ、いかにもマイルス的な曲だ。

 このアルバムをじっくり聴けば聴くほど、当時の日本のジャズファンの耳が正しかったことがわかる。ここには、調和と丹精がある。ド派手な花火のようなインパクトはないが、生涯の友人たりえる信頼感と品格がある。こんな作品が、私の生まれる1年前に夜に出されたとは!

 しかし、クラークはその5年後、ヘロインの過剰摂取により、31歳でこの世を去った。時代が時代とはいえ、もったいない最期である。

 

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