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紺碧の将

おふくろの味と鈴新のカツ丼

2020.12.27

 カツ丼は厄介な食べ物である。

 嫌いなわけではない。むしろ好きな食べ物のひとつだ。頻繁に食べることはないが、ときどき無性に食べたくなる。

 なぜ、厄介か。じつは、おふくろの味なのだ。おふくろの味はややこしい。それはあくまで記憶が身勝手に変化した空想の産物であり、現実には存在しないからだ。存在しないのだから美化してしまう。それと比べられる〝現実のカツ丼〟にとってはえらい迷惑だろう。

 子供のころ、誕生日やなにかめでたいことがあると、母はカツ丼を作ってくれた。私の年代はさすがに「風邪ひいたらバナナが食べられる」という世代ではないが、カツ丼は高級料理のひとつだった。

 しかし、先述のように、あのときの味を求めても、現実にはない。期待して食べるたび、失望を味わった。それで、自分で作ったりもした。

 新宿三丁目駅から歩いて数分、神楽坂を小ぶりにしたような荒木町商店街に「鈴新」という老舗がある。ここのカツ丼は旨い。正確に言えば、かけカツ丼であるが。

 一般的なカツ丼と異なり、揚げたてのとんかつをそのままご飯にのせ、その上に卵でタマネギをとじたタレを半熟卵とともにかける。衣がフニャラフニャラにならなず、しっとりとした部分とサクサクの部分が分かれる。

 タレはトローっとジューシーだ。カリッとしたとんかつとのバランスがいい。価格は1500円。以前紹介した「慎」のうどんや「楢製麺」のラーメンのように平均より少し高めだが、納得できるプライスだ。  

 旨い理由がちゃんとある。パン粉は1日に使う分だけ専用のパン粉製造機で作る。揚げ油は100%ラードで余計なものは加えず、週2回油しぼり機で作る。ランチタイム以外は、オーダーを受けてから肉をスライスする。

 余計なものを加えない、なるべく材料を酸化させないというのは原則中の原則だろう。その分、手間がかかるのは当然のことだ。

 歴史ある店だが、今では息子さんが厨房をしきっている。オーダーの差配は母が受け持ち、親父は店の片隅に立って全体に気を配っている。その3人が親子だと聞いたわけでないが、顔がそっくりだから聞かなくともわかる。

 おふくろの味とは異なるが、旨いことには変わりがない。ただひとつ難点は、量が多いこと。カツは丼にのりきれず、はみ出してしまう。若者ならいいだろうが、60過ぎにはちとボリュームがある。かといって、食べ残せば天罰が下るし(本気でそう思っている)。ま、いいか、旨いのだから、時には満腹になっても。

(201227 第1048回 写真上は、鈴新のかけカツ丼、下は髙久製のカツ丼)

 

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