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日々、無事のありがたさ

2011.04.09

 どうも気持ちが落ち着かない。その理由はわかっている。原発の問題、被災地の方々の苦労、そして何よりこの国の先行きを憂えないわけにはいかないからだ。

 ただでさえ日本は財政が破綻寸前で、このままの状態が進めばあと数年でパンクするという状態だったのに、今回の地震災害でとてつもない課題を与えられてしまった。例えていえば、病気で歩くのもままならないのに、いきなり重い荷物を背負わされたようなもの。どうやってその重い荷物を運ぶのか、考えただけで気が遠くなる。

 

 しかし、この世を統べている存在があるとすれば、何も意味がなく今回のような試練を日本人に与えることはしないはずだ、とも思う。

──冬というものが存在しなければ、春というものはやってこない。植物も冬の厳しい冬の時代に、どれだけ地中に根を張って、どれだけ養分を吸収し蓄えたかで、春になったときの花の咲かせ方が変わってくる。これは自然の法則だ。人間も、自然の法則のなかで生きているんだから、人間もまたそうであるはずだ。

 

 この文章は、宮本輝が書いた『ここに地終わり 海始まる』という長編の中の一節である。特別に目新しい発想ではないが、妙にこの言葉の意味が気になる。

 「ご無事で」という言葉はふだん挨拶がわりに使われる。しかし、本当に「無事」でいることの大切さを感じることは滅多にない。

 当たり前のように日常生活をおくれて、当たり前のように今日と同じような日がこれからもやってくると信じることができる。それが実はとてつもなく幸せなことだということを、今回の災害で一瞬にして命を奪われた人たちは教えてくれた。

 残された私たちは、「日常」生活において、何ができるのだろうと考え、実行に移す義務がある。それはすべての日本人に突きつけられた課題でもあるのだ。

 「毎日が元旦、毎日が余命一週間」のつもりで生きていこうと心に誓ったはずなのに、そうはなっていない。もう一度、それを肝に銘じる髙久であった。

(110409 第242回 写真は時々使うカフェのテラス。とりたてて変哲もない風景だが、こういうところで穏やかにコーヒーを飲める幸せをあらためて肝に銘じなければ)

 

 

 

 

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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