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ココロバエ
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リアル空間のChinomaに幕

2020.09.26

 市ヶ谷のChinomaを閉めた。このサイトの名前もChinomaだが、この造語においては市ヶ谷のChinomaが先輩格。知が集まる場を目指して命名し、約6年前に開設した。

 外堀通りに面したレンガ壁のビルの2階。通りにはトウカエデが、外堀には桜が並んでいる。外堀の対岸はJR中央線の快速(オレンジ)と各駅停車(黄色)がしきりに行き来している。その向こうは急な斜面の堀になっていて、その上に敷設された遊歩道沿いにも桜が並んでいる。季節ごとに移り変わる景色を眺めているだけで満足できる空間だった。3,000冊近い本と400枚近いレコードがさらに空間を豊かにしてくれた。少しでもリベラルアーツに関心がある人ならば涎を流して喜びそうなアイテムがいっぱいあった。

 しかもこのChinoma、なぜか音が外に漏れない。間仕切りの壁をつくって事務所をシェアしていた知人が出社することは稀で、そうなると大音量で音楽を聴いても問題なかった。昔のロック喫茶、ジャズ喫茶、クラシック喫茶の趣き。とくだん防音工事をしていたとも思えない建物なのに不思議である。

 しかも、ラッキーなことに階下にはとびきり美味しいコーヒーを供してくれるカフェがあった。そのカフェについては、以前の小欄で紹介した通り。コロナ禍の先が見通せない状況下、やむなく店を閉めるに至った。今でもあのコーヒーの味を忘れることができない。いいことなのかそうでないのか、今ではどこでコーヒーを飲んでも美味しいと思えない。しかたないから、あの味を再現すべく自宅で工夫するのみである。

 予期しなかったことだが、Chinomaを退出したことで心にぽっかりと空洞ができた。寂寞、虚無感と言ってもいいだろう。自分で大借金してつくった宇都宮の社屋を売却するときはなんらの感傷もなかったのに……。おそらく、社屋で過ごした時間は無我夢中で、会社が成長する、いわゆる右肩上がりの時だったが、Chinomaでの時間はそういうものから解放されて、文化的な芳醇さを味わえる心の余裕があったのだろう。集まってくる人たちは、私と同じような感性の人間ばかりだし、前述のように窓外の風景がより一段と豊かな時間にしてくれた。

 Chinomaでの出来事は多岐に及んでいる。『Japanist』やその他の取材は数え切れないほどあったし、多樂塾や多樂サロンの場でもあった。コロナ感染が広がってからは、Chinomaで飲み会をした。いつもいい人、いいモノが溢れていた空間だった。仮に誰も来なくても、豊かな時間が流れていた。そういえば、今年4月の外出自粛期間中、2日に1度、自宅から歩いてChinomaへ行き、カフェでテイクアウトのコーヒーを買い、レコードを1枚大音量で聴き、電車で帰るということを続けた。電車のなかは信じられないほど乗客がいなかった。車両に自分だけということもあった。そのようなルーティンを行うことで、精神のバランスを保つことができたと思っている。

 

 ところで、Chinomaの荷物を運ぶにあたり、ちょっとした感動があった。アート引越センターに依頼したのだが、仕事ぶりがあまりに的確で清々しく、見ていて爽快さを感じるほどだった。Chinomaにあった荷物を搬出するためにやってきたのは、20代の若い女性ふたり(男性はトラックのところで待機)。どう見ても細身で、階段を荷降ろしするのは不可能と思えた。段ボール箱に本をぎっしり詰めると、かなりの重さになる。ふだん、エキスパンダーや腕立て伏せやスクワットやダンベルで鍛えていると思っている(勘違いしている)私でさえ、よほどうまく持ち上げないと、腰を痛めそうだ。

「これ、相当重いけど、大丈夫?」と声をかけると、「はい、大丈夫です。毎日やってますから」と答える。そして、箱を軽々と持ち上げ、見る間に運んでいく。その数、数十箱。机や書棚など重量のある物も、部下の女の子と阿吽の呼吸で運びだしてしまった。

 荷物の一部は都内の自宅へ、残りは宇都宮の事務所に運んだのだが、宇都宮ではさらに驚いた。やはり20代後半とおぼしき男性スタッフ3人だったが、なんとあの重い箱を2つ重ねて運んでいる。いささかの遅滞もなく作業ははかどり、随所随所のコミュニケーションも的確だった。

 すばらしいぞ、この子たちは!

 素直に感動した。若い世代はいろいろ言われることも多いが、それはいにしえの時代から同じ。『源氏物語』にも〝最近の若い者は〟的な表現がある。むしろ、現代は老害の方が深刻な状況といえる。人の振り見て我が振り直せ。そうならないよう、気をつけようと自分を戒めている。

 おそらく、みんな同じではなくなり、いい人生を歩む人とそうでない人の格差が広がっているのだろう。格差問題の本質とはそういうものだ。収入の格差はあくまでも結果論に過ぎない。

 思えば、昨年1月、『Japanist』を終刊とし、3月は愛猫うーにゃんがあの世へ。11月、愛車を手放し車のない生活に。そして、今回、Chinomaを閉めた。その間、新しく始めたこともあるが、基本的に縮小化・軽量化の局面に入っていることは否めない。もちろん、このあとのことはわからない。大きなうねりがあって、ふたたび新たな波にのることもあるかもしれない。

 いずれにしても、これも変節のひとつととらえている。コロナウイルスは、「変われ!」と言っているのだ。もちろん、良い方向に。

 

多樂塾のひとコマ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Japanist』の巻頭対談。白駒妃登美さんを迎えて(ホストは中田宏さん)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Japanist』の巻頭対談。漫画家の弘兼憲史さんを迎えて(ホストは中田宏さん)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英語でシェークスピアを読む会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜が咲き始めた頃の風景

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の窓外

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋の窓外

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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髙久の著作

●『葉っぱは見えるが根っこは見えない』

 

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今回は、「夜振火」を紹介。夏の夜、川面に灯りをともすと光に吸いよせられるように魚が集まってきます。この灯火が「夜振火(よぶりび)」〜。続きは……。

https://www.umashi-bito.or.jp/column/

(2009026  第1025回)

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田口佳史講座ライブ配信
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Profile

髙久多美男

髙久多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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