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紺碧の将

数字、ファクト、ロジックは万能か?

2020.05.30

 ある著名な人の新刊の広告に、こういうコピーが添えられていた。「エピソードではなく、数字、ファクト、ロジックで教える」。どうすればうまく人に教えられるかというテーマの本らしい。著者はいくつもの企業を再生させた人で、これまでにたくさん旅をし、1万冊もの本を読んだとプロフィールにある。

 個別の出来事(エピソード)によってではなく、さまざまな「事実」を統計としての「数字」を用い、「論理」的に教えることが肝要だと言いたいようだ。「○○さん、あなたもか」と言葉が漏れた。

 それはそれで一理ある。けっして間違ってはいない。しかし、矛盾するようだが、間違いでもある。「エピソードではなく」と言い切ってしまっていることが間違いなのだ。正しくは、「エピソードだけではなく」であろう。

 私が『fooga』や『Japanist』でやってきたことは、一人の人間に密着取材し、その人の人生を深堀りすることだった。そうやって仕上がった記事はエピソードの塊である。読者がその人の人生からなにを得たのかはわからない。まったく得るものがなかったかもしれないし、あるいは多くのことを学んでもらったかもしれない。しかし、感動して感化することが人の成長を促すことになると信じていたからこそ、多くの時間とエネルギーを費やすことができた。読者から熱いメッセージをもらい、自分の思いが届いたことを喜んだことも少なからずある。

 人が成長するうえで、感化こそが重要な鍵を握っていると思っている。「〜のようになりたい」と思わせる力。「憧れ」と言い換えてもいい。あるエピソードに魂を揺さぶられ、生き方が変わる。人類史は、感化によって魂がバトンタッチされてきたと言っても過言ではない。

 では、なぜくだんの人は「エピソードではなく」と言いきっているのか。効率が悪いからだろう。ひとつのエピソードを自分の血肉に転化させるにはじつに面倒くさいプロセスが要る。人によってとらえ方も異なる。そんなまわりくどいことはやめ、数字やファクトやロジックなら公明正大、誰にも教えやすいと考えるのも無理はない。繰り返すが、それはそれで意味はある。

 しかし、数字やファクトやロジックで一時的に納得させられても、感動させることはできない。まして感化させるなど論外だろう。数字やファクトやロジックは無数の人間の行動や思考の平均値、つまりビッグデータに過ぎない。それが自分に当てはまるとは限らない、というより、ほとんどはあてはまらないと考えた方がいい。

 と言えば、首をかしげる人がいるだろう。そういう人には、このような例を出せばわかってもらえるかもしれない。

 顔を整形してきれいになりたい女性がいたとする。では、どういう顔に整形するか。その基準は、無数の人間の顔の平均であるという。つまり、ビッグデータ化して個性を排除したことによって万人がきれいだと思う顔が現れる。だから、美容整形した人は同じような顔になっていく。これは言い換えれば、生まれながら平均値に近い顔をもっている人はほとんどいないということだ。ビッグデータは集団の行動や考え方を予測する場合には有効だが、一人ひとりをそれに当てはめるのは無理がある。

 と、ここであることに気づく。くだんの人と私とでは、「教える」「伝える」という定義がちがうのだと。その人は「効率よく」「そこそこ」教えられればいいと考えているのではないか。理と情でいえば、圧倒的に理に重きを置いている。対して私は、人間は理と情のバランスが必要だと考えている。だから、体験談を聞いたり、小説や映画など物語に接して感動することと多数の行いの平均値を理路整然と学ぶことは車の両輪だと考える。

 しかし、現代社会は数字、ファクト、ロジックに頼ったほうがうまくいくというのも事実なのだろう。それが証拠に、その人は多くの企業を再生させ、多くの共感者を得、大きな影響力をもっている。客観的に見れば、すごい人だと思う。私にはほとんど影響力がないが。

 

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(200530 第996回 写真は本文とあまり関係ないかも)

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