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紺碧の将

木を見て森を見ず

2019.12.18

 最近とみに「がん予防切除」という言葉を聞くようになった。遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)をもつ女性の乳房や卵巣を切除することで発がんのリスクを減らそうというもので、2013年、女優のアンジェリーナ・ジョリーが行ったことで一躍脚光を浴びることになったらしい。

 私は医学者ではないから迂闊なことは言えないが、また人間の悪い癖が始まったというのが率直な印象である。

 絶滅したニホンオオカミやエゾオオカミのことを連想した。

 その昔、農作物を荒らすシカやイノシシを食べてくれるニホンオオカミは大口之真神(オオクチノマカミ)と崇められていた。しかし、江戸時代、狂犬病の流行によってニホンオオカミも駆除の対象とされ、1905年を最後に姿を消した。

 エゾオオカミも「シカを狩る神」とアイヌの人々から崇拝されてきた。しかし、明治になって北海道開拓が始まるや、放牧していた馬の被害が増え、エゾオオカミの駆除が始まった。やがて絶滅。

 それによってどうなったか? シカやイノシシが増えすぎ、新たな被害を生んでいる。ニホンオオカミもエゾオオカミも生態系の頂点にいて、自然界の食物連鎖の重要な担い手となってバランスを保っていたのだが、人間が浅はかな考えのもと、手を出したがために生態系が狂ってしまった。

 佐渡ヶ島のトキもそうだ。農作物を食い荒らすサドノウサギを駆逐するため、本土からテンを連れてきたのだが、テンはサドノウサギのみならずトキまで捕食するようになり、絶滅に追いやった。今ではサドノウサギも希少種となり、人間によって保護され、方やテンは害獣扱いされている。このように、人間が目先のことに目を奪われ、作為を弄したことはことごとく裏目に出ている。

 戦後の全国的なスギ植林もそうだ。住宅建設の需要に応えるためという大義名分で途方もない数のスギ植樹をしたが、外国から安い木材が入ってきたことによって「放ったらかし」状態に。その後、スギ花粉を大量にばらまいて日本人を苦しめ(GDPを下げる要因ともなり)、森の保水力が失われ、豪雨になれば根が浅いため土砂崩れを引き起こして家屋を壊し、河川をせき止めて氾濫させる元凶となった。

 もちろんスギが悪いわけではない。本来の森を破壊し、効率よくスギを植えた人間が悪い。

 

 臓器は飾り物ではない。ほかの臓器、あるいは心とつながり、全体のバランスを保っている。たしかに発がんの高い部位を切り取れば、そこが発がんする可能性はかなり抑えられる。しかし、そのことによって全体のバランスが崩れる可能性はどうか? 術後、鶏ガラのようにやせ細ったアンジェリーナ・ジョリーの写真を見たことがあるが、とても健康体にはほど遠かった。

 スペインの思想家オルテガ・イ・ガセットは「専門化ほど判断を誤る」と言った。さもありなんである。ある分野に詳しいのが専門家。裏を返せば、ほかのことはわからない。つまり、全体を見ることができない人を専門家ということもできる。

 現代の西洋医学は専門化することで一見、進歩しているかのように思えるが、実際はますます病人を生み出している。全体を見失っているからにちがいない。心と体を切り離したことがそもそもの間違いだった。病は気からというように、心と体は密接につながっている。しかし、心の問題を考慮すると数値化できないため、心身二元論を持ち出し、心と体を切り離した。

 さらに各臓器の専門化を進めた。それによって全体を見られない医者が激増することになった。ほんとうは、Aという臓器が悪くなったのはBやCが影響しているかもしれない。さらに、BやCが悪くなった背景には、本人の生活習慣などが影響しているかもしれない。しかし、そういうことは考慮せず、ただ悪くなった部位だけを見て、切除したり対症療法的な治療に終始する。

 では、どうすればいいのか?

 一人ひとりが自分の体の声を聞き、医療機関に頼らず健康管理をすることだろう。ケガや伝染病、小児科など一部を除き、病院に頼らない。そういう意識改革が必要だ。

 もっともHBOCの人は、そんな悠長なことを言っている場合じゃないのかもしれない。いつ発症するかと心配しながら生きるのもしんどいはずだ。ただ、もし私の家族がそういう診断をされても予防切除は絶対にさせない。

「木を見て森を見ず」という発想では根本的な解決ができないことだけは明らかだ。オーケストラの指揮者のように、専門分野にも通暁して全体を俯瞰し、統率できる人材がいればいいのだろうが、そういう人はいそうもない。だからこそ日本は〝病気大国〟になっているとも言える。

 

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