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宮田大君の壮絶な弓さばき

2018.10.22

 取材した人が、ますます活躍しているのを見るのは、気分のいいものである。

『fooga』で音大時代の宮田大君を取材したことがあった。当時、すでにその卓越した技術と表現力は一頭抜きん出ていた。まだニキビの残る若者は拙い言葉ながらも音楽に対する思いを語ってくれた。どうしても特集記事はある程度の年齢に達した人が多くなってしまうが、そのなかにあって大君はとびきり若かった。

 私は「若きチェリストの春秋」と題した記事を仕上げた。事実、彼の前には豊かな春秋(年月)が広がっていると感じたのだ。

 その後、ロストロポーヴィチ国際チェロ・コンクールを制して世界レベルに駆け上り、早々とプロデビューした。

 先日、紀尾井ホールでのリサイタルを聴いた。それまでにも何度か彼の演奏を聴いていたが、その日は格段にスケールアップした印象を受けた。それまでは、性格が良すぎて、いわゆる誰もが知る名曲では個性を出しにくいと思っていた。バッハの無伴奏もドヴォルザークのコンチェルトも、私にとってはいくぶんかの不満が残った。

 しかし、その日のプログラムは、最初のバッハを除き、すべて近現代の曲。それが大君にピタリと合ったのだ。特にリゲティの無伴奏チェロ・ソナタには脱帽した。恐ろしいほどの緊張感のあるフレーズの合間にピーンと張り詰めた無音があり、弓の動きがわからないほどの高速超絶技巧が続く。いつしか息をするのを忘れるくらい、引き込まれていた。まるで現代彫刻家による複雑な形をした作品のような曲を、大君はじつに輪郭鮮やかに表現していた。途中から弓が刀のように見えたほどだ。

 その後、黛敏郎の「BUNRAKU」、ブリテンの無伴奏チェロ・ソナタと続いた。チェロの独奏でこれほど魅了されたのは久しぶりのことだ。

 ただひとつ苦言を。アンコールの前で曲の説明をしていたが、あれは余計だった。せっかく右脳全開になっているのに、言葉が入ってくることによって左脳のスイッチが入ってしまう。ひとことも喋らず聴衆を魅了する、それが音楽家ではないだろうか。

 

「美し人」

美の生活化―美しいものを人生のパートナーに

 

※悩めるニンゲンたちに、名ネコ・うーにゃん先生が禅の手ほどきをする「うーにゃん先生流マインドフルネス」連載中。第30話は「人との間合いをはかる」。

https://qiwacocoro.xsrv.jp/archives/category/%E9%80%A3%E8%BC%89/zengo

(181022 第851回)

 

 

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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