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フィボナッチ数列

2017.02.02

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 フィボナッチ数列とは簡単に言えば、「黄金比」である。イタリア人のフィボナッチ(1170年頃〜1250年頃)が発見した数列で、最初の2項が1で、第3項以降がすべて直前の2項の和になっている数列だ。例えば、1、1、2、3、5、8、13、21、34、55、89、144、233、377、610、987、1597、2584〜と続く。

 フィボナッチ少年は、いつもボーッとしていたという。ただ、他の人の「ボーッと」と違うところは、自然界をつぶさに見ていたということ。
 ある日、自然界はある秩序だった数列によってできているということを発見する。それが上記の数列である。
 事実、自然界はフィボナッチ数列だらけだ。花びらの数、葉の付き方、植物の花の実に現れる螺旋の数などが代表的な例だ。パイナップルの螺旋の数は、時計回りだと13、反時計回りだと8。ハチやアリなど、オスに父親がない家系を辿っていくとフィボナッチ数列が現れるという(父母2匹、祖父母3匹、曽祖父母5匹、高祖父母8匹〜)。
 各項の長さを一辺とした正方形を並べていくと螺旋状になるが、その形は前述の巻き貝の他、ネコの丸くなっている姿、人間の耳や指紋など、ありとあらゆる姿にあてはまる。おそらく宇宙の形もフィボナッチ数列なのだと思う。
 いやはやこういう秩序を誰がつくったのか? あらためてその偉大さを思い知った。同時に、フィボナッチのような少年が現代に生きていたら、「ダメな子」という烙印を押されてしまうのだろうなとも思った。

 ところで『蜜蜂と遠雷』、クラシック音楽をテーマに、最後まで一気に読ませる筆力はすごいと思った。音楽好きで良かったとしみじみ思った。
 しかし、「ので」があまりに頻繁に使われていることには閉口した。とにかく「ので」「ので」なのだ。1ページに9回出てきたこともあった。ひとつの文章に2回、「ので」が使われているケースもいくつもあった。まるでスポーツ選手のインタビューを聞いているかのように、意味のない「ので」がたくさんあった。
 会話や心の中のつぶやきが地の文章に混じっているため、どうしても緩慢な文章になるのはやむをえないとしても、ここまでユルユルの文章でいいのかなと思わざるをえない。
 それでも読ませてしまうのは、やっぱり筆力なんだろうね。
(170202 第697回 写真はわが家のフィボナッチ数列)

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Profile

髙久多美男

髙久多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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