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「浜松城は出世城なのだ」とバカボンのパパは言った

2016.10.29

%e6%b5%9c%e6%9d%be%e5%9f%8e 家族で浜松へ行った。

 浜松といえば何年か前、岡山で取材した帰り、台風とともに新幹線で北上し、ついに浜松駅でストップ。数時間閉じ込められたあげく、大井川が氾濫する怖れがあるとのことで深夜2時頃運休が決まり、新幹線から追い出されたという苦い記憶がある。いっぺんに数千人が駅周辺に溢れ、翌朝まで過ごすこととあいなった。私は運良くホテルをとることができたが、ツインだったため、見知らぬオジサンとシェアすることになった。お互い、素性も明かさなかったが、極悪人だったらえらいことになっていた。
 鈴木康友市長に取材したこともある。鈴木市長は松下政経塾出身(第1期生)。まちづくりのコンセプトを明快に語ってくれた。今回もタクシーの運転手の評判はすこぶる良かった。
 
 浜松城は市内の中心部から数キロのところにある。周りは公園として整備され、散策にもってこいだ。
 1570年、徳川家康が入城して浜松城と改称。関ヶ原以降、歴代の城主が江戸幕府の重役となったことから「出世城」として人気が高まっているという。晴れた日は、天守閣から三方原が望める。家康が生涯にたった一度、敗北を喫した信玄との戦いがあった場所だ。ほうほうのていで逃げのびた家康は、弱り切った姿を絵師に描かせ、それを生涯の戒めにしたというエピソードは有名だ。
 違和感があったのは、「いえやすくん」というゆるキャラだ。あちこちで見られた。ゆるキャラコンテストで1位になったらしいが、歴史的な遺構とゆるキャラは合わない。幼児性丸出しだ。
(161029 第675回 写真はエノキの枝の間から見る浜松城)

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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