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人の調和と武相荘

2016.02.22

ベントレー 久しぶりに武相荘を訪れた。そう、白洲次郎と白洲正子が暮らした家屋である。

 駐車場から竹林を抜けるアプローチ、ベントレーの格納庫、ショップ、カフェ&レストラン、ギャラリー「PLAY FAST」、ビデオ上映されている「能ヶ谷ラウンジ」などが新たに整備され、格段によくなっている。
 今回あらためて感じたことは、次郎と正子が絶妙の関係だったこと。あの時代、出会うべくして出会った、究極のカップルと言っていいかもしれない。
 それが敷地内のふたつの物に象徴されている。次郎が乗ったベントレーと庭のお地蔵様だ。おそらく、というか、確実に、お地蔵様は正子の趣味だろう(地蔵の近くには次郎の骨が分骨されている石仏立像もある)。
 西洋と日本、陽と陰、ニヒリズムとインテリジェンス、先端と伝統……。とにかく、さまざまな二項が対立せずに調和をなしている。つまり、次郎と正子の際だった個性が絶妙に補完し合っているのだ。
お地蔵様 時の総理大臣・吉田茂に招聘され、GHQと渡り合った次郎は、「従順ならざる唯一の日本人」と言われた。日本国憲法の草案を書いたハーバーディアンのチャールズ・ケーディスはかなり次郎に対抗意識を燃やしていたふしがある。
 次郎は日本人で最初にジーンズを穿いた男でもある。マッカーサーが秘書を使って電話をしてきたときは、「電話くらい自分でしろ」と怒り、昭和天皇からの贈り物をマッカーサーに届けた時、「そのへんに置いてくれ」と言われたことに激怒し、「いやしくも天皇陛下から下賜された物をそのへんに置いてくれとはなにごとか!」とこれまた激怒したというエピソードもある。
 第一線で活躍した後は町田市郊外の田舎に引っ込んで、「カントリー・ジェントルマン」を標榜し、気ままな生活を送った。その舞台が武相荘だ。
 家族への遺言は「葬式無用、戒名不要」。生涯、「プリンシプル」を大事にした粋な男だった。
 一方、正子は数々の著作でもわかるように、仏像、古寺、能、民芸など日本の伝統に根ざした文化に惹かれていた。器が好きでいながらずっと料理をしなかったというのもユニークだ。

 人間同士、うまくいく組み合わせもあれば、いかない組み合わせもある。経営もそうだろう。ソニーの盛田と井深、ホンダの本田と藤沢を見てもわかるように、うまく補完し合う人間同士が組めば、大きな力に変わる。反対に、相手の力を削ぐような関係は破綻あるのみ。だれをパートナーにするかは重要な命題だ。
 孫・白洲信哉氏の『白洲次郎の青春』には、次郎が英国留学時代、ベントレーを駆って南欧まで旅をした様子が描かれている。そのルートを信哉氏は新しいベントレーに乗ってトレースしている。
 自分のたどった軌跡を、時を経て子孫がたどる。そういうことを孫にさせてしまうのは、次郎さん、やはり粋な男だった。
(160222 第617回 写真上は白洲次郎愛用のベントレー、下は白洲正子愛用?の地蔵)

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Profile

髙久多美男

髙久多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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