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進化なのか、退化なのか

2016.02.02

走る 去る1月31日、新宿シティマラソンの10キロの部に参加した。

 結果は、45分10秒。
 ゴールした瞬間、かなりショックだった。約20年前に記録した40分16秒を上回りたい、できることなら40分を切りたいと思い、夏の猛暑の時もペースを崩さず、ずっと練習に取り組んできたからだ。正月明けから練習量を増やし、連日10キロをほぼ45分30秒ペースで走った。しかも、8割くらいの力で。だから、40分は無理でも、43分くらいは固いと思っていた。
 練習を増やした結果、体重は3キロほど減り、59キロになった。左太腿の裏側が常に鈍い痛みを発し、椅子に座っていると耐えられなくなってくるような状態だった。左足の甲も痛みが増していた。「そろそろいい加減にしてくださいよ」と体が悲鳴をあげていたのだ。それくらい練習に励んだ。
 冷静に考えれば、昨年、13年ぶりに走って大幅に縮めた記録をさらに3分02秒縮めることができたことは喜んでいいのかもしれない。ひとつ歳を重ねたにもかかわらず、記録を大きく伸ばしたのだから。そう考えると、これは「進化」とも言えるかもしれない。しかしなあ……、目標が高すぎたのか?
走る2 思い通りにいかなかった原因は、ふたつ考えられる。
 ひとつは、前半のオーバーペース。周りにつられたためか、あるいは過信によってか、明らかに飛ばしすぎた。途中でガクンとスピードが落ちたのがわかった。不思議なもので、ペースはそう思うように変えることはできない。同じペースを維持する場合と比べ、タイムは明らかに悪くなる。
 もうひとつは、前日の夜、食べ過ぎたことだ。エネルギーを蓄えようと思い、ついつい食べてしまった。途中で胃の方から逆流するものを感じ、体が重たかった。やはり、「いつものようにする」ことが大切なのだ。ルーティンの大切さは、先場所初優勝した琴奨菊も言っていた。
 おそらく、タイムを狙うのはこれで最後だろう。もう、きつい練習はできない。体にいいとも思えない。私の本分は「走る」ことではないから、これ以上大きな犠牲ははらえない。これからは、ペースを落とし、健康維持と体型維持のために走ろうと思う。と思うのだが……。
 もしかすると、来年もまた挑戦したくなるかもしれない。
(160202 第612回)

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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