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紺碧の将

『紺碧の将』

2024.01.30

 2022年7月に書き始めた歴史小説がもうすぐ刊行となる。

 タイトルは『紺碧の将』。400字詰原稿用紙に換算して約1400枚、750ページに及ぶ長編である。

 テーマは「徳川家康の平和国家構想を武田信玄との問答でつまびらかにする」こと。

 しばしば「江戸時代は260年以上続いた」と語られるが、違和感を覚えていたことも事実。260年も平和が続いたのは自然現象ではない。家康をはじめ、当時の叡智を結集した緻密な制度設計があってはじめてそれが実現したということを忘れてはいけないと思っていた。

 それだけ長く平和が続くのは人間の本性に反しているともいえる。人間は(その他の生き物もそうだが)争うことが本能に組み込まれている。その証拠に、ヨーロッパでも中国でも古代から近代まで戦争の歴史だった。江戸時代を除いて、それほど長く平和が続いたのは平安時代だけだ。平安時代は794年から1192年までの398年間。途中、平将門の乱、保元の乱、平治の乱などがあり、最後は源平合戦で幕を閉じた。

 江戸時代は1603年から1867年までの265年間。平安時代と比べると短いが、中身がまるでちがう。応仁の乱(1467年〜)に始まった戦乱の世は関ヶ原の戦い(1600年)まで133年も続いており、天下静謐は宿願であった。その間、だれもが明日をも知れぬ身で、人間の命の価値が最も低い時代だったといっていい。それに終止符を打ち、265年間もの泰平の世を築いたことはけっして自然現象ではない。

 なぜ、それができたかいえば、家康が人間の本質を知り尽くしていたという一言に尽きる。家康は人間はどういうときに争うのかをわかっていて、あらかじめそれを防ぐ緻密な制度設計をたてた。

 ひとつは後継者争い。当人同士が争うつもりがなくても周囲が担ぎ、争いに発展することはしばしばある。この現象は現代でも大企業や政治家の後継者争いに見ることができる。

 もうひとつは力の不均衡。それを阻止するために家康が決めたことは、権力のある者は微禄にとどめるという前代未聞の制度である。現代において、「君を役員に昇格させるが、そのかわり報酬は下げる」と言うにひとしい。これでは特定の人に力(権力や経済力)が集中することがない。争乱を起こしようがない。

 本書において家康の国家構想を引き出すのが武田信玄である。事実、信玄は関ヶ原の戦いの27年前に死んでいるが、ここでは謎の医師の処置によって仮死状態にされて上杉家に預けられ、11年後に意識が回復するという設定にした。

 なぜ信玄なのか。

 家康は信玄をかなり崇拝していた。コテンパンにやっつけられた相手にもかかわらず。江戸の兵学・軍制・民政などはことごとく信玄流。つまり信玄が考え実行したことは、死んでのち家康の手によって江戸時代に開花したともいえる。『甲陽軍鑑』という歴史書は全24巻の大著。江戸時代にベストセラーになっているが、この書物は信玄と勝頼(大半が信玄)がどう考え、どう実行したかを著したものである。信玄を顕彰することは江戸幕府の正当性を世に知らしめることでもあった。

 

 本書の物語は1571年の比叡山焼き討ちから江戸幕府開府までの32年間を時代背景とし、史実とフィクションを五分五分くらいの割合で構成している。焼き討ちから逃げる途中、妻と娘を失った男とその息子がそれぞれの別の人生を歩んでいくという姿も重要なモチーフとなっている。

 書き進めていくうちに、影の主役が現れてきた。上杉景勝である。景勝は西軍に与したことによって関ヶ原の後、会津120万石の所領を米沢30万石に減らされるが、家臣を召し放さないという〝暴挙〟に出た。現代でいえば売上120億円の会社がいきなり30億円になってしまったようなもの。リストラなしでそれを乗り切るのは不可能だろう。

 そのため米沢藩は日本一の超貧乏藩になってしまった。財政再建が果たされるのは、なんと9代目の鷹山の時代になってから。このことは昨年夏、本ブログでも書いている。ケネディ元大統領がもっとも尊敬する日本人として上杉鷹山をあげていたということも……。

 最後に……、本書は歴史小説の体裁をとってはいるが、現代に通じる内容にしたつもりである。禅・老荘思想・儒学・孫子などの東洋思想や仏教、マキャヴェリズムなどの西洋思想や哲学、政治・経済・産業育成・健康維持法などをごった煮のごとく盛り込んでいる。

 本書の着想を得て決意したことがある。執筆・編集・ブックデザイン・出版・広告・営業のすべてを自分で手がけるということ。ひとつのコンセプトを純粋に突き詰めるにはそのやり方がいいと思った。

 そのようなスタイルの本づくりの成果がどう現れるか、現時点ではまったくわからないが、それだからこそ醍醐味がある。だって、結果がわかっているものほどつまらないものはないから。

『紺碧の将』の詳細は、

https://www.compass-point.jp/book/konpeki.html

(240130 第1209回)

 

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