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春風の花を散らすとみる夢は

2012.04.11

 桜の咲く季節に生まれた。

 子どもの頃、母親から「おまえはお釈迦様と同じ日に生まれたんだよ」と言い聞かされて育ったものだから、なんとなくお釈迦様が身近な存在だった。長じて、釈迦(ブッダ)のことを知るにつれ、とんでもないことだと知ったが、今でも他人とは思えない(笑)。

 桜といえば、今読んでいる萩耿介の『松林図屏風』に印象的なくだりがある。

 秀吉の子・鶴松が夭折したため、祥雲寺という菩提寺が建立されることになるのだが、長谷川一門に100枚の襖絵が注文される。建立の日に間に合わせるため、等伯以下、一門の絵師たちはそれこそ昼も夜もなく描き続ける。

 等伯の子・久蔵は、天才肌で癇癪もちだが、自分が担当している間の庭の木がある日、桜から松に植え替えられたのを知って愕然とする。なぜならば、それまで精魂込めて松の絵を描いていたからだ。庭が松で襖も松では具合が悪いというわけだ。

 そこで久蔵は仕上がりかけていた松の絵を破り捨てる。そして、残された時間が迫っているなか、こんどは桜の絵を描くことにする。生身の桜はやがて散る。それならば、いつまでも絢爛な桜を描こうと……。

 病をおして描き続けた久蔵は、絵が仕上がったその日の夜、三条大橋の欄干にもたれかかって死ぬ。事実かどうか知らないが、たしかに長谷川久蔵という天才絵師は、26歳という若さで夭折している。

 そのとき、久蔵がどのような桜の絵を描いたか、言葉で表現されているが、実物は見たことがない。だからこそ、イメージはどんどん膨らむばかりである。実物を見ずに、イメージだけが膨らむというのもいいものだ。

 

 ところで、家系に詳しい知人から、「高久さんは、たぶん高久靄崖(あいがい)の血をひいていますよ」と言われ、ネットで調べてみた。以前、高久靄崖の絵を見たことがあるが、姓が同じだなというくらいの印象しかなかった。

 データを見て驚いた、命日が私の誕生日と同じなのだ。

※ http://ja.wikipedia.org/wiki/  で「高久靄崖」を検索

 偶然かもしれないけど……。

 説明文のなかには、「江戸では画家として評判が高かったが、気位が高く、儲けのために画くことがなかったので生活は貧窮した」とある。私は生活は困窮していないが、『Japanist』のようなことをしているところをみると、案外似ているかもしれない。まあ、いいか。こういう確証のない話は……。

 桜といえば、西行の次の歌が好きだ。

 

 春風の花を散らすとみる夢は さめても胸のさわぐなりけり

 

 桜が咲いて、散って、気がそぞろになっていく心情は、かなり微妙でアヤシイものである。

(120411 第332回 写真は、新宿御苑のしだれ桜)

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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