多樂スパイス

女の闘い

2011.12.07

 ロワール川といえばフランス最長の川で、全長約1020km。その河岸には数百の城が点在しているが、宮廷がパリに移るまでの160年間はフランス文化と政治の中心地であった。それだけにさまざまな物語が残されている。

 一度、バスでシュノンソー城に行ったことがある。アンリ2世の正妻カトリーヌ・ド・メディシスと愛人ディアンヌ・ド・ポワティエのどろどろの確執があった城でも有名だ。ガイドが英語でそれについて詳しく語っていたが、詳細は理解できずとも、わかったことは、「女はコワイ」(も、もちろん、コワクナイ女性もいるので、ご、誤解しないでほしいのだが…)。なにしろ、嫉妬を原動力にした女同士の闘いは、男のイマジネーションをはるかに超えて残忍だ。

 おー、こわ!

 日本の城の主人公は豊臣家滅亡前の大阪城など、ごくごく例外を除き、大半が男だったが、フランスはやはりお国柄といおうか、女性が主役になっていることが多い。このシュノンソー城も代々女性が城主だったことから「6人の奥方の城」とも呼ばれている。

 壕も石垣もないので、ほんとうにこれが戦うための城だったのかと思えてしまう。あるいは、最初から女の闘いを想定して造っているのだろうか。

 女性の城主ということもあって、その外見も内装も優美だが、だからといってため息が出るほど美しいとは思わなかった。姫路城と比べたら、全体のプロポーションや細部の造りなど、比べものにならない。しかも、橋下治の『ひらがな日本美術史』によれば、姫路城は戦うことを主眼として造られており、実用性の方が装飾性よりも勝っているという。その見方はちょっと意外だった。関ヶ原以降、池田輝政によって建てられたので、戦闘を想定していない、ひたすら造形美を求めた城造りだったと思い込んでいたのだが、さにあらず。例えば、外壁の白は類焼を防ぐための塗料がその色だったので、やむなくその色になったという。たしかに当時の城の基本色は黒だった。当時、白を使うのはかなり野暮ったいと見られていたようだ。それなのに、現代人が見ると、ため息が50回くらい出てしまうほど美しい。

 やっぱり日本人の感性は、深くて優美だ。

(111207 第301回 写真はバラ園から見たシュノンソー城)

 

 

 

 

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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