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紺碧の将

若者が先導する多様な文化

2021.12.13

 先日、知り合いの彫刻家の個展を見たあと、ギャラリーの近くで面白い店を見つけた。場所は御茶ノ水。

 歴史を感じさせる店舗の入り口に、ジャズ喫茶という文字がある。

 え? いまどきジャズ喫茶? と思い、扉を開けた。すぐさま大音量のジャズの音が押し寄せてきた。

 若い女性の店員が、「当店はお話ができない店なのですがよろしいでしょうか」と言う。もちろん、異存はない。

 先客は二人。中高年の男性でいずれも読書にふけっていた。大きなジャズの音を聴きながら長時間本を読むということは、それなりの教養があるのだろう。身なりもそんな雰囲気だった。

 ジャズ喫茶といえば、まっさきに岩手県一関市の「ベイシー」を思い浮かべるが、ここ「Donato」(ドナートと読む)は、もう少し肩の力が抜けている。「ベイシー」の親父は筋金入りのジャズマニアで、オーディオ装置の追求に命を賭けているような人だが、この店のオーナーは、なんと20代後半。ネット記事によれば、音響機器は、アルテックのスピーカー、マランツのパワーアンプ、ダイナコのプリアンプ、テクニクスのターンテーブル(プレーヤー)という組み合わせ。「わが店の完璧な音をしっかり聴くんだぞ」というような押し付けがましさがなく、隅々まで心地よさが漂っている。

 音源はもちろん、レコードだ。ざっと見たところ、700枚くらいであろうか。「ベイシー」は2万枚以上あるから、レコードコレクションに関しても可愛い類だ。

 ネット記事を読み、どういう経緯でこの店がオープンしたか、わかった。

 この店がオープンしたのは今年の11月11日。昭和60年にオープンした喫茶店を居抜きで引き継いでくれる人を募集していたのをオーナー氏のパートナー(若い女性店員)が見つけ、即断即決したという。二人は以前から古いものに馴染みがあり、いっしょに店をやりたいと思っていたそうだ。

 私は、とりあえずコーヒーをオーダーした。「とりあえず」と書いたのは、まったく期待していなかったからだ。市ヶ谷に事務所を構えていた頃は、階下のカフェのコーヒーがとびきり旨く、その店がなくなってからは、どこで飲んでも不味いと感じてしまう。いま、最も信用できるのは、その都度手動のミルで豆を挽いて飲む自宅のコーヒーだけ。

 ところが、「ドナート」のコーヒーは、案に相違して美味しかった。ネット記事によれば、以前の店主から受け継いだサイフォンを使い、淹れ方も教わり、珈琲豆も同じものを使っているという。注文してから、女性店員がコーヒーを淹れるのを観察していたが、じつにていねいに作業をしていた。500円で営業大丈夫? と思うくらいの出来栄えだ。

 ちょっと前に、Z世代という言葉を知った。Z世代とは、アメリカで生まれた言葉で、1990年後半から2000年代に生まれた人を指すそう。主に1960~70年代に生まれた人をX世代、80~90年代に生まれた人をY世代(ミレニアム世代)と呼び、「X」と「Y」の次世代という点から「Z」という名称がつけられたようだ。

 このくくりでいえば、この店のオーナー氏はミレニアム世代だが、Z世代の雰囲気も色濃くもっている。ひとことでいえば、ガツガツしたところがないのだ。団塊の世代からX世代は、とにかくがむしゃらに働く人が多かった。大量生産・大量消費が当たり前で、貪欲に物を買い、溜め込み、大量に捨てた。企業戦士が多く、自分の時間の大半を組織に捧げた。

 しかし、そういう世代の子供たちは、親を見て、羨ましいとは思わなかったのだろう。むしろ、ああいうふうにはなりたくないなと思った人も多いにちがいない。かくして、がむしゃらに求めることはせず、なにごともサラッと対処する。サラリーマンになることが当たり前ではなく、自分に合った生き方をしたい、そう考える若者が多くなったようだ。淡白といえば淡白、草食系といえば草食系。しかし、風通しのよさがあることは明らかだ。

 私は会社経営者という立場上、完全にそういう生き方はできないが、かといって高度経済成長時代の働き方はナンセンスだとずっと思ってきた。南の島のリゾートで日がな一日本を読んで好きな音楽を聴いて、夕方になったら酒を飲むという生活ができたら言うことなしだと今でも思っている。実現しないからこそ、そう思うのだろうが。

 話は戻る。根っから音楽が好きな私は、「ドナート」に味をしめ、クラシック喫茶を探した。都内にはいくつもあるが、禁煙の店は存外少ない。

 そこで手始めに、新宿にある「らんぶる」に行った。なんと昭和25年創業の歴史あるクラシック喫茶である。地下1階には200席あるが、なんと行列ができていて、地上の出口まで続いていた。並んでいる人たちを見ると、あまりクラシック音楽好きには見えなかった(偏見?)。たぶん、歴史の重みがあれだけ人を並ばせているのだろう。平日、再チャレンジしようと思っている。

(211213 第1106回)

 

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