コロナ禍を奇貨として生まれた内省的な味わい
テイラー・スウィフトの8枚目のアルバムは、それまでの路線と一線を画している。内省的で静謐、華やかさはないが、しみじみと美しい。そのことはジャケットデザインを見ても瞭然で、それまでの「見て見て!」と自分を前面に押し出したものから一転し、深い森のなかでたたずむテイラーが遠くからモノトーンで写されている。しかもカメラに背を向けて。
ジャック・アントノフとの邂逅によって一気に才能が開花した『1989』、過激な『レピュテーション』、ポップでチャーミングな『ラヴァー』と、陽の当たる場所をまっしぐらに進んできたテイラーだが、いったいなにがそうさせたのか。
答えは、コロナ禍。
多くの人の命を奪い、生活や事業の破綻などさまざまな惨禍をもたらしたあのパンデミックを奇貨としてしまったところにテイラーの非凡さを感じる。まさに松下幸之助の「好況よし。不況なおよし」に通ずる。
大きく行動を制限されたあの時期、テイラーは自宅にこもって自分を見つめ直したのだろう。タイトルが示すように、それぞれの民族の風習や伝承をテーマとし、さまざまな民族音楽の要素を取り入れている。歌詞も叙情的で、民間伝承の趣をまとっている。
それまで彼女はプロデュースをジャック・アントノフに託していたが、このアルバムでは新たにアーロン・デスナーが参加。全17曲中、11曲で共作・共同プロデュースをしている。
作曲やアレンジはリモートで行われたという。テイラーが曲のラフスケッチをアーロンやジャックに送り、それをもとにアイデアを煮詰める。そんなやりとりの末、この作品は出来上がった。2020年7月のことである。アルバムと同時に「カーディアン(cardigan)」がリリースされたが、シングルとアルバムが同じ週に初登場1位を獲得するというビルボード史上初の記録を達成した。
この時に生み出されたアイデアは、ほかにもたくさんあった。それが姉妹作『エヴァー・モア』となって、同じ年の暮れに発表された。外出できず、多くの人が鬱々としている最中、テイラーと二人のプロデューサーは次々と魅力的な楽曲を創っていたのである。まるで泉のごとくに。オペラ歌手の祖母から音楽の才能を受け継いだようだ。
全体のトーンは地味で淡々としているが、不思議と個性的な曲が多い。太くシブ〜イ声のボン・イヴェールとのデュエット「エグザイル(exile)」や「インビジブル・ストリング(invisible string)」「ミラーボール(mirrorball)」「ベティ(betty)」など、忘れがたい佳曲がズラリ。
このアルバムによって、3度目となるグラミー賞最優秀アルバム賞を獲得した。ちなみに、その後『ミッドナイツ』(2022年)でも受賞し、一人のアーティストとしては史上最多となっている。
内省的なテイラーは最新作『ザ・トーチャード・ポエッツ・デパートメント』でさらに深みを増した。ビートルズは短い年月で驚異的な深化を見せたが、テイラーも自己変革を怠らないアーティストである。
髙久多樂の新刊『紺碧の将』発売中
https://www.compass-point.jp/book/konpeki.html
本サイトの髙久の連載記事