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紺碧の将

日本が好きでたまらなかった人の日本論

file.082『果てしなく美しい日本』ドナルド・キーン 講談社学術文庫

 

 日本に憧れた外国人が、曇りなき眼(まなこ)で日本を見つめると、どう映るのか。

 本書は、日本文学と日本文化研究者としてわが国に多大な貢献をしてくれたドナルド・キーンが若かりし頃に著した日本文化論であり、母国アメリカに日本とはどのような国かを紹介することを目的に書いた本でもある。

 第1部は「生きている日本」と題し、「島国とその人々」「古い日本」「新しい日本」「日本人の一生」「四つの信仰」「農民と漁師と工場と」「東洋的民主主義」「教育―大論争」「楽しみの世界」「創造者としての日本」の10章構成。第2部は日本文化を世界と比して論じ、第3部は東洋と西洋の文化のちがいを述べている。とりわけドナルド・キーンは日本文化の本源ともいえる「簡素な美」に惹かれたようだ。

 本書を読むと、自分が生まれ育った国がこんなにも魅力的な国なのかと感嘆する。山紫水明、シンプルで清明な美の文化を持ち、産業の発展と伝統文化の保持を両立させる国。そんなふうに描かれている。こそばゆくもあるが、誇らしくもある。もちろん、現実には美質なものばかりではなく、短所もたくさんあることは知っている。それでも、自分の母国の長所を再認識するのはいいことだ。

 

 ドナルド・キーンは1922年、ニューヨーク生まれた。彼の人生を決定づける出来事が、18歳のときに起こる。ふとしたことで購入したアーサー・ウェイリ―翻訳の『源氏物語』に感動したのだ。たった一冊の本との出会いによって人生が決定づけられるケースは少なくないが、ドナルド・キーンにとって『源氏物語』の衝撃は生半可ではなかったようだ。終生、このように素晴らしい物語は世界のどこにもないと語っている。その後、日本語を学び始め、日本研究の道に入る。

 1941(昭和16)年12月の日米開戦に伴ってアメリカ海軍の日本語学校に入学し、長沼直兄の『標準日本語讀本』などで日本語の訓練を積んだのち情報士官として海軍に従軍し、太平洋戦線で日本語の通訳官を務めた。

 ドナルド・キーンが日本文化にのめりこんだいきさつが、『私と20世紀のクロニクル』という著作に書かれている。戦争が終わった後、アメリカ海軍の日本研究グループのメンバーたちは次々と中国などほかの国に専門分野を変えていった。「戦争でこれほど破壊された国が、当分復興することは考えられない。2等国の専門家になっても出世の望みはない」という理由からだった。しかし彼の信念は、一度も揺らぐことがなかったという。理由は単純だった。これほど美しい文学や建築物を遺した日本人がこのままでいるはずがない。細部の表現は覚えていないが、そういう理由だった。つまり、彼は『源氏物語』を読んで日本に〝恋して〟から、ずっと一途にこの国を想い、日本人の底力を信じていたのだ。

 1986年(昭和61)年、コロンビア大学に自らの名を冠した「ドナルド・キーン日本文化センター」を設立し、2011年の東日本大震災をきっかけに、日本国籍を取得し日本に永住する意思を表明した。同年9月、永住のため来日し「家具などを全部処分して、やっと日本に来ることができてうれしい。今日は曇っているが、雲の合間に日本の畑が見えて美しい」とその感慨を語った。

 日本国籍取得後、本名を「Donald Lawrence Keene」から、カタカナ表記の「キーン ドナルド」へと改めた。また雅号として「鬼怒鳴門(きーんどなるど)と名乗った。三島由紀夫が生前、ドナルド・キーンにその当て名をつけたらしいが、これは鬼怒川と鳴門を組み合わせた造語だ。

 2019年(平成31)年2月24日、彼は「日本人として」この世を去った。享年96歳。日本に関する著作は、日本語によるものが30点、英語によるものが25点出版されている。全米文芸評論家賞受賞など、受賞歴は多数。2008年に文化勲章を授与された。

 余談だが、ドナルド・キーンはクラシック音楽、特にオペラの熱心な愛好家であった。しかし、オペラと似通ったオペレッタやその関連音楽であるウィンナワルツは嫌いだったようで、ある公演でモーツァルトの『後宮からの誘拐』が『メリー・ウィドウ』というオペレッタに変更されたときは、あのような下等な音楽をモーツァルトと同一線上で扱うとはけしからん! と激怒したという。

 日本が大好きだったドナルド・キーンだったが、RCサクセションなどは聴かなかったのだろうか(聴くわけないよな)。もし、ドナルド・キーンと忌野清志郎が肩を組んでいる写真があったら、けっこうお茶目なんだけどなあ(あるわけないけど)。

 

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