死ぬまでに読むべき300冊の本
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ひとり静かに山と対話する

file.061『山のパンセ』串田孫一 ヤマケイ文庫

 

 北アルプス最高峰・奥穂高岳のすぐ下にある穂高岳山荘の元支配人であり、遭難救助隊員でもあった宮田八郎をテーマにしたテレビ番組を見たことがある。

 宮田は穂高岳を愛し、仲間とともに遭難者を助けてきたが、2018年、海難事故で亡くなった(石塚真一氏作の漫画『岳』に登場する宮川三郎のモデルも彼である)。

 ある時期、宮田は迷いを払いのけられずにいた。命がけで遭難者を助けても助けても、遭難事故はなくならない。無事、救出できることもあれば、死んでしまうこともある。自分がこれほど愛する山は、もしかすると悪い存在なのではないか、登山という行為は人に迷惑をかける、悪い行為なのではないか、と。

 煩悶するが、答えはなかなか見つからない。

 苦しみ続けた宮田が、「山が悪いわけではない。山はこんなにも素晴らしいのだから、山に登りたくなるのは当然だ」と思い至るきっかけになったのが、串田孫一の『山のパンセ』だったという。

 無類の山好きだった串田が、登山について書いたエッセイをまとめたものだ。「パンセ」とは思想を言い、パスカルの『パンセ』をもじったことは間違いないだろう。

 筆者も登山を好むが、串田からすれば、邪道の烙印を押されるのは必定。

 串田は冬山でも野宿をする。スキー板をかついで登り、道なき道を滑り降りてくるのを楽しむ。スキー場でスキーに興じる人たちに、冷たい視線を向ける。くねくねとダンスのような格好で曲がりながら滑るのは滑稽だと言ってはばからない。リフトも批判の対象だ。食事つきの山小屋に泊まることも邪道だと断罪される。

 ひとことでいえば、かなり気難しい山好きなのだが、それほどに山を愛していたのだろう。冬山の夜の一人歩きも平気だった。

 孤独をなんとも思っていなかったのだ。自ら望んで行ったから、孤独と感じなかったにちがいない。

 どの項もとりたてて物語性があるわけではない。山での静かな時間が淡々と綴られているからこそ伝わってくるものがある。

 ひとつ合点がいかなかったことは、自衛隊に対する、憎悪ともとれる偏見に満ちていること。「自衛隊のやっていることは、私の知っている限りでは気に食わないことばかりだ」と言ってはばからず、自衛隊の宿営所を〝巣〟とまで表現する。正直、そのあまりに偏狭なものの見方に辟易した。いざというとき、身を張って国民の楯となる覚悟のある人たちに対して、あまりの言いようなのだ。

 たぶん、串田は世の中が気に食わないことで満ちていたのだろう。あれもこれも気に食わない、と。だから、ひっそりと山に入り、自然と、そして自分と向き合ったにちがいない。

 本書を褒めているのかけなしているのかわからなくなったが、時にはそういう本があってもいいだろう。辺見庸の『物食う人々』を読んだときも感じたが、イデオロギーを前面に出しすぎている本に愛着は感じられない。右であっても左であっても。

 

本サイトの髙久の連載記事

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髙久の代表的著作

●『葉っぱは見えるが根っこは見えない』

 

●「美しい日本のことば」

 今回は、「雲の鼓」を紹介。雲に鼓とくれば、鬼。「風神雷神図屏風」の雷神が浮かびませんか。そのとおり、「雲の鼓(くものつづみ)」とは「雷」のこと。雲にのって現れた鬼神は〜。続きは……。

https://www.umashi-bito.or.jp/column/

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Profile

髙久多美男

髙久多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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