死ぬまでに読むべき300冊の本
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紺碧の将

自分も動物も植物も石ころもみんな宇宙のカケラ

file.046『宇宙のカケラ』佐治晴夫 毎日新聞出版

 

 うすうすそうではないかと思っていたことが、はっきり書かれている。本書の冒頭に、こうある。

 ――私たちの体を構成しているすべての物質は、星が光り輝く過程でつくられました。その星が超新星爆発という形で終焉を迎え、宇宙空間にばらまかれた。その星のひとかけらから地球ができ、人間が誕生しました。私たちはその星のひとかけら、つまり自然の分身です。

 

 ――自分という言葉を「自(然)+分(身)」、すなわち自然の分身、自然の一部分だと解釈しても間違いではありません。

 

 そうか、やっぱりそうだったんだ!

「自分」という確たる存在はなく、すべては宇宙のカケラだったんだ。なのに、われわれ人類は、「オレが」「わたしが」と自分だけを特別扱いし、自然を破壊し、あげく人間同士で殺し合っている。人間以外の動物も同種による命の奪い合いをするが、それはあくまで種の保存や個体数調整に基づいている。人間のように〝憎しみ〟のためや〝思想・宗教・信条〟のちがいで大量殺戮するようなことはしない。

 しかし、人間のこの性は、宇宙の秩序そのものかもしれない。共生もするし、殺し合いもする。崇高でありながら醜悪でもある。それらのバランスを保ちつつ、自死(アポトーシス)へとかっていく。だから反戦運動などムダである。戦争をしたい人は絶対にこの世からなくならないし、仮に国際法で戦争が禁じられても、こんどは紛争やテロといった形で殺戮が行われる。なんとも厄介な生き物だ、人間は。

 

 副題に「物理学者、般若心経を語る」とあるように、本書は宇宙の創生や成り立ちを研究している学者が、科学のまなざしをもって般若心経を語るというもの。

 般若心経はブッダの死後、約500年後に興った大乗仏教という宗教運動を信奉する人たちによってつくられた。生老病死、怨憎会苦、愛別離苦、求不得苦、五取蘊苦など四苦八苦の存在を否定し、人間の心の錯覚と考えた。それが「空」である。

 著者は第2章「般若心経の世界」、第3章「現代宇宙論から見た般若心経」でかなり克明に宇宙の成り立ちと般若心経に通底するものを記述している。物理学者がこれほど般若心経に詳しいのか、と驚嘆するほどに。

 しかし、よくよく考えてみれば、宇宙という人間の思考を超えた存在について日々研究・考察していれば、どうしても宗教の世界に入らざるをえない。なぜなら、答えのわからないテーマに挑んでいるのだから。

 正直、私は般若心経のことはあまりわからない。宗教について書かれたものをいくつか読んできた(現時点での)結論は、「そういう考え方もあるよな」である。キリスト教がカトリックとプロテスタントで憎み合っているように、仏教が諸派によってブッダの教義の見解に違いがあるように、しょせん宗教は人間の〝思い込み〟だと思っている。思い込みだからこそ、良くも悪くもなる。それを信じたければ信じればいいし、半信半疑なら半信半疑のままでいい。要はそれをどうとらえ、どう自分の人生に活用するか。宗教に〝絶対〟を持ち込むからさまざまな軋轢や争いが生じる。それでは、教祖の理念が台無しになってしまう。

 そのようなわけで、私にとって第2・3章は惹かれなかった。こじつけと思えることも多々あった。

 しかし、様相ががらりと変わったのは、第4章以降である。第4章「人生と宇宙時間」、第5章「人生の行く先」はがぜん面白い。

 たとえば、地球が38億年近くかけて行った生物の進化(魚から両生類、爬虫類、哺乳類、人間)を、人間の赤ちゃんは発生からわずか40日足らずで駆け抜けてしまうということ。

 地球に生命が誕生してから10億年ほどの間、すべての生き物はメスで、自分の体を分裂させることでコピーをつくってきたということ。

 俳句は575。5と7の比率は1.4、これは√2=1.41421356……に近い比率であり、日本の美意識には√2が大きな役割を果たしているということ。奈良時代の宮大工の曲尺には√2の目盛りが刻まれており、法隆寺の五重塔や中門の屋根の比率、夢殿の白壁の縦横比など、すべて√2だという。

 さらに驚くべきは、月の役割だ。われわれは月を見て、風流だななどと感興を覚えるが、じつは月がなかったら、朝は夏、夜は冬といったように、季節がころころと変わっていたという。どうして毎年同じ時期にほぼ同じ気候現象が起こるのか、ずっと不思議だったが、これで疑問が解けた。私たちの生活があるのは、月のおかげなのだ。

 真相はこうだ。地球ができて間もない頃、火星の3分の1ほどの大きさの天体が地球に衝突した。そして宇宙空間に飛び散った地球のカケラは、地球の引力と地球のまわりを回ることによる遠心力が釣り合った場所に吹き寄せられるかのように集まった。それらのカケラは互いの引力で塊になり、わずか数ヶ月でできたのが月だった。

 この天体衝突によって、地球の自転軸が生まれ、月の引力によって地軸の傾きがしっかり固定されているという。だから私たちは感謝の念をもって月を見上げる必要がある。

 

 ところで意外なシンクロニシティがあった。

 この本を読む前、私はバッハの「平均律クラヴィーア曲集」を集中的に聴いていた。月替りで集中して聴く曲を選んでおり、たまたまその月はそれだったのだ。平均律クラヴィーア曲集といえば、私の葬儀のとき、全96曲を流してもらうことになっており、ブーイングを誘発することは必至だ。拙著『葉っぱは見えるが根っこは見えない』にはその様子が描かれていて、居合わせた人たちはうんざりしているのだが、ようやく終わった直後、一人忽然と立ち上がり、「アンコール!」と叫ぶ人が出てくる(はず)。

 さてさて、その平均律クラヴィーア曲集だが、1977年、地球外生命体へ向けて宇宙へ飛んだボイジャー号に、人類の偉大な音楽遺産としてグレン・グールドによる平均律クラヴィーア曲集の第2巻、ハ長調の前奏曲とフーガを録音したレコードが積み込まれたことは知っていた。

 本書の著者プロフィールを読んで、わかった。なんと、それを提唱したのは佐治晴夫氏だったのだ!

 ネットの記事にも出ているが、佐治氏は若い時分、ピアニストを目指していたこともあった。そんな彼がバッハの曲に宇宙の深淵を感じ、やがて宇宙物理学者になったという流れは想像に難くない。

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