死ぬまでに読むべき300冊の本
HOME > Chinoma > 死ぬまでに読むべき300冊の本 > すべての人間が抱える内なる異邦人

ADVERTISING

ココロバエ
ココロバエ

すべての人間が抱える内なる異邦人

file.043『異邦人』アルベール・カミュ 窪田啓作訳 新潮文庫

 

 初めて読んだのは高校生のときだった。なんとも名状しがたい読後感だった。かつて味わったことのない不気味な違和感があるのに、妙な共感もある。なんだこれ? このわからなさは? 

 40年ほど時を隔てて再読した。世界の文学史に残る傑作であることを再認識すると同時に、学生時代に味わった〝不気味な違和感と妙な共感〟の正体がわかったような気がした。

 この作品は人間の不条理を表していると言われるが、それ以上に人間誰しも内包している「異邦人性」を描いているのではないか。異邦人性とはこの場限りの造語だが、要するに社会と自分との間にある隔絶である。疎外感と言い換えてもいい。ひとりの人物と人間集団が水と油のごとく交わらない事態である。それに対する恐怖があるからこそ、人間はどこかに所属したくなるし、人と群れたくなる。ネットでもなんでもいいからつながりたくなる。

 主人公のムルソーは社会との断絶をことさら意識し、懺悔を促す司祭など自分に差し伸べる(偽善の)手をすべてはらいのけ、自分への罵声に喜びを感じながら死刑執行に臨んだ。

 カミュは、ムルソーに自身を投影している。よく知られているように、カミュは無神論者だった。西洋社会において、特にカトリックの国において無神論者として生きていくのは容易ならざることだ。まして時代は第2次世界大戦直後である。社会との断絶を感じながら共産党に入党するも、そこでも除名処分を受ける。彼はあまりに怜悧に過ぎるためか、宗教や共産主義のもつ自己矛盾に気づかないわけにはいかなかった。

 そんな彼がムルソーのような人間を描くのは、けっして不思議なことではない。『存在の耐えられない軽さ』(ミラン・クンデラ)のトマシュは、かつて自分が書いた共産党批判を撤回すれば許すと当局から言われるが、それを拒否したがゆえに教職を追われ、田舎に飛ばされて謎の死を遂げる。『朗読者』(ベルンハルト・シュリンク)のハンナは法廷で自分が文盲であることを証明すれば刑が大幅に軽減されることを知っていたが、あえてそれをせず終身刑に甘んじた。トマシュもハンナも社会(あるいは権力)との断絶と引き換えに、自らの矜持を守った。

 しかし、ムルソーはもっと過激だ。無気力・無感動・無思考によって社会と手を切ったのである。

 もちろん、そうすることがいいと著者が書いているわけではない。文学は道徳とはちがう。人間には多かれ少なかれ、そういう心があると言っているのだ。心の裡を冷静に見つめれば、そういう傾向を誰しももっていると。

「きょう、ママンが死んだ」という冒頭の一節によって、読者は瞬時にカミュの世界に引きずりこまれてしまう。母が死んだという養老院からの電報を受け取ったあと、ムルソーは養老院を訪れるが、涙ひとつ流さない。それどころか葬儀のあとガールフレンドと情事を楽しみ、友人のトラブルに巻き込まれてアラブ人を殺害してしまう。

 法廷に引き出されたムルソーは、あの有名な言葉を放つ。「人を殺したのは太陽のせい」だと。

 その後、ムルソーと彼を知る人たちとのやりとりが続く。もし、ムルソーがわずかでも自責の念を示せば、彼を非難していた人たちの怒りも鎮まったことだろう。しかし、ムルソーはそうしようとしない。むしろ、あえて相手が怒りに震えることを望んでいるかのような態度をとる。

 ふと思う。近年多発している「誰でもいいから人を殺したかった」とうそぶく輩のことを。人間誰もが抱える内なる異邦人が、堅牢な殻を破り、もぞもぞと外界に這い出すようになったのかもしれない。

 なんとも不気味な時代である。

 

ADVERTISING

田口佳史講座ライブ配信
田口佳史講座ライブ配信

Profile

髙久多美男

髙久多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

多樂塾

Topics

記事一覧へ
Recommend Contents
このページのトップへ