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紺碧の将

面白い小説のお手本

file.014『三銃士』アレクサンドル・デュマ 生島遼一訳 岩波文庫

 

 アレクサンドル・デュマ、本コラムでは早くも2作目の登場。子供の頃、胸をワクワクさせながら読んだ『三銃士』。簡略版ではなく完全版はどういう内容だろうと興味が湧き、手にとった。

 岩波文庫の上下巻で合計1200ページを超える大作。しかも、『三銃士』は全体の4分の1に過ぎず、『二十年後』『ブラジュロンヌ子爵』という続編が控える。

 いろいろと映画化されているため、あらすじを知る人も多いだろう。17世紀前半、ルイ13世治世のフランスを舞台に、王妃側の三銃士たちと、リシュリュー枢機卿配下の者たち(この作品では悪役)の争いを描く。

 タイトルは『三銃士』だが、主人公はガスコーニュ生まれ(つまり田舎者という設定)の若者・ダルタニャンである。銃士になる夢を抱き、パリにやってきたダルタニャンは、トレヴィヌ殿配下の三銃士と決闘するはめになるが、事態が変わり、意気投合する。

 三銃士とは、アトス、ポルトス、アラミスの3人。いずれも銃士で特異稀れな剣の腕をもつ。キャラクター設定がいい。アトスは冷静沈着で酒好き。かつて結婚したが、苦い思い出がある。ポルトスは陽気で単純でおしゃべり。剣の腕はいいが、いつも危なっかしい。アラミスは銃士でありながら僧侶になりたがっている知的な男でラテン語を操り、詩をつくる。

 このキャラクター設定、なにかとかぶると思いきや、『三国志』ではないか。アトスは関羽、ポルトスは張飛、アラミスは劉備玄徳。加えて主人公のダルタニャンはドン・キホーテにダブらせている(デュマ談)というのだから、物語が面白くないわけがない。

 デュマは万能型の人間を作り出す。『モンテ・クリスト伯爵』では脱獄したあとのモンテ・クリスト伯爵がまさにそうだった。『三銃士』で彼に匹敵するのは、枢機卿側の謎の人物ミレディー。ただし、ミレディーは悪徳の限りを尽くす、この作品最大のヒールである。芸術品のような美貌と知性を備え、どんな男をも籠絡し、殺すことなどなんとも思っていない。冷酷非情さではぶっちぎりのキャラクターだ。ミレディーに籠絡される人たちはバカに思えるが、おそらく私もその場にいたら、いとも簡単に籠絡されているのだろう。コワイコワイ。君子危うきに近寄らず、である。

 本作でもっとも輝いているのは、この悪女ミレディーと奸計巧みなリシュリュー枢機卿だ。もっとも、これは私の個人的な好みかもしれない。最後、ミレディーが私的な裁判を受け、処刑されるところは拍手喝采ものだが、一方でその死を惜しんでいる自分がいる。本作にミレディーとリシュリューがいなかったら、じつに空虚で薄っぺらな作品となっていたことは疑いえない。

 余談だが、ダルタニャンをはじめ、多くの登場人物は実在の人物をモデルにしていたらしい。ミレディーに籠絡されたフェルトンに刺殺されたバッキンガム卿も(理由はちがうが)実話らしい。ラ・ロシェル包囲戦も歴史的事実である。

 この作品は、込み入った物語構成ではない。しかし、抜群のスピード感がある。活劇のお手本のような作品だ。

「しちめんどくさい小説より、こういう小説の方が読んでいて面白いだろう?」

 デュマの声が聞こえてきそうだ。

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