死ぬまでに読むべき300冊の本
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紺碧の将

胸を抉る、言葉の切っ先

file.171『龍宮』照井翠 コールサック社

 

「なんなのだ、この句集は!」

 読み進めていくうち、戦慄が走った。気に入った句や気になった句に付箋をつけていたのだが、気がつくとほとんどのページに付箋が貼ってあった。これでは付箋の意味がない。

 私にとって俳句と言えば松尾芭蕉である。和歌ほど重くなく、情景の切り取り方が洗練されている。徹底して推敲を重ね、もはやこれ以上シンプルにできないというくらい磨いている。ヘミングウェイとともに文章のお手本である。

 この句集に収められた作品に、「軽やかさ」はない。

 著者は東日本大震災当時、岩手県釜石市に住んでいて、津波に襲われた惨状を目の当たりにした。だから、実際に見た人でなければけっして表現できない句が並んでいる。

 

  泥の底繭のごとくに嬰と母

 

 この句の光景を思い浮かべた。母親が乳飲み子を抱えたまま泥のなかで……。胸が張り裂けそうになって想像するのをやめた。

 

  ランドセルちひさな主喪ひぬ

 

 突如、命を奪われた子供を想うと、いても立ってもいられなくなる。私は震災の2ヶ月後、被災地を訪れたが、あの大川小学校に行って愕然とした。おびただしい数の教材や遊具が泥のなかに埋まっていたのだ。

 

  三・一一神はゐないかとても小さい

 

 そう思うのも無理はない。怒りの矛先が見つからないとき、人は神を恨みたくなる。それを「不条理」という言葉で済まそうとするのはどうなのだろう。

 感情を排した事実の記述はもういい。

 まさしく文学の出番なのだと思う。

 

  喪へばうしなふほどに降る雪よ

 

  黒々と津波は翼広げけり

 

  津波より生きて還るや黒き尿

 

  春の星こんなに人が死んだのか

 

  何もかも見てきて澄める秋刀魚かな

 

 言葉のもつ力をまざまざと思い知らされた。

 

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