死ぬまでに読むべき300冊の本
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紺碧の将

記憶の襞をなぞり、過去の真相を露わにする

file.101『わたしたちが孤児だったころ』カズオ・イシグロ 入江真左子訳 早川書房

 

 はじめて、カズオ・イシグロを体験したのは、1989年に発表された第3作『日の名残り』だった。イギリスの貴族の邸宅にいる老執事が語り手となった作品である。言うまでもなく、カズオ・イシグロは長崎県出身の日系イギリス人小説家で、2017年、ノーベル文学賞を受賞している。

 抑制された文体は劇的なストーリー展開を凌駕するほどの大きなパワーを持つと思い知らされた。その作品は、英語圏で最高の権威があるとされるブッカー賞を彼にもたらし、一躍イギリスを代表する作家たらしめた。その後、ジェームズ・アイヴォリー監督によって映画化されたが、こちらもしみじみと印象に残る作品だった。

 それから主なイシグロ作品を何冊か読んだ。『浮世の画家』『わたしを離さないで』『忘れられた巨人』『夜想曲集』、そして今回紹介する『わたしたちが孤児だったころ』……。どれもタイプは異なるが、抑制の効いた筆致が清涼な読後感を与えてくれた。はずれはひとつもない。ひとつひとつの作品に存在意義がある。彼の作品は、どれも〝書かれるべき理由〟がある。あたかも、作者の個人的な思惑を超えて、もっと大きな存在に突き動かされて書かれているかのように。

 2000年に発表された、第5作『わたしたちが孤児だったころ』は、主人公クリストファー・バンクスの回想という形で物語が進む。時は戦前、場所は上海のイギリス租界、クリストファーが10歳だったとき、父が失踪し、次いで母も姿を消した。単身イギリスへ渡り、寄宿学校で長じた後、探偵職に就き、名声を博すようになった。

 しかし、どんなに地位を確立しようが、ずっと意識のなかに巣食っている両親の失踪という未解決の事件を忘れることはできない。その後、彼は養子としたジェニファーをロンドンに残したまま上海へ向かう。

 上海は日中戦争の最中で、街は日本軍の攻撃にさらされていた。加えて、共産党と国民党の中国人同士の戦いもあった。

 両親を救うため、危険を犯して戦闘状態のエリアに入っていくクリストファー。物語の最後、彼は真相を知るに至るが……。

 

 ロンドンの上流社会と銃弾が飛び交う上海のスラム街の対比、野心的なサラ・ヘミングスとの冷静で淡い恋、アヘンがもたらす災禍とその背景など、本書には読みどころも満載。

 ひとつ、興味を惹かれたのがイギリスにおける探偵という職業の意義だ。日本では、浮気調査など世俗的な依頼ごとを受ける職業という印象が強いが、イギリスでは警察や刑事の補完的な役割を果たしている。クリストファーもさまざまな刑事事件を解明し、人々から称賛されている。

 と、ここで気づく。イギリスはシャーロック・ホームズやアガサ・クリスティーを生んだ国だということを。

 カズオ・イシグロは1995年に大英帝国勲、1998年にフランス芸術文化勲章、2018年にはサーの称号を得、同年に日本の旭日重光章を受章している。また、2008年には『タイムズ』紙上で、「1945年以降の英文学で最も重要な50人の作家」の一人に選ばれている。小説を書く傍らピアノやギターを嗜み、作曲もする。娘のナオミ・イシグロも作家活動をしている。

 まったくもってデキスギ君としか言いようがない人ですな。

 

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