野性的で雑草のような声に慰撫される
女性ヴォーカルは、美しくきれいに澄んだ声ばかりがいいわけではない。このことは男性にも言えることだが、濁声(だみごえ)やぶっきらぼうな声が、時として魅力的に聞こえることがある。私にとって、カーメン・マクレエはそのひとり。
彼女はエラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーンとともに「ジャズ・ヴォーカルの御三家」と呼ばれていた。日本ではほかの二人に比べてあまり知名度が高くないが、歌いっぷりはもっとも個性的だ。
このアルバムは1972年に発表されたライブ盤で、バンドメンバーはジョー・パス(g)、ジミー・ロウルズ(p)、チャック・ドメニコ(b)、チャック・フロアーズ(ds)。けっしてビッグネームではないが、カーメンの硬い声を引き立てるサイドメンに徹し、手堅い仕事をしている。
カーメンの歌は、野性的で雑草のような力強さがある。声質は膨らみに欠けるが、鋼(はがね)のような強靭さをもっている。そして、曲の合間の笑い声さえも〝聴かせる〟ほど、場を支配してしまう。
ときどき無性にジャズ・ヴォーカルを聴きたくなるが、男性はサッチモ(ルイ・アームストロング)以外、顔が浮かんでこない。なぜだろう? どうしてジャズを歌う男が少ないのか?
ジャズ・ヴォーカルは、人間の心の奥底に沈殿している哀しみを掬い上げるのに適している。人生の本質的な哀しみを表現するのは、女性の方が向いているということなのか。
収められているのは有名な曲ばかり。なかでも私がもっとも心を寄せるのは「瞳は君ゆえに(I Only Have Eyes For You)」。この曲は、甘ったるく歌ってはしっくりこない。感情移入過多になってシラケてしまう。その点、カーメン姐御はバッチリである。あなたにメロメロ首ったけ、という詞を中和させる声質をもっている。そういう意味では、男性的な女性ヴォーカリストと言えなくもない。
3曲をつないだメドレーを聴くと、もはやカーメンの即興の妙に痺れる。ジャズの醍醐味は、言うまでもなく即興(インプロヴィゼーション)。独自の形をつくり、丹念に磨き上げるクラシックのアプローチとは正反対と言える。一瞬のひらめきを頼りに、その場で曲を仕上げていく。カーメンは、その才能に長けていることもこのメドレーによって如実に示している。
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