音の細胞、ひとつひとつが生き生きしている
エルトン・ジョンはベスト盤で聴くのがよい。
いろいろなアルバムを聴いたが、それが結論だ。ひとつひとつの曲、特にバーニー・トーピンと共作していた頃の作品は、みずみずしく生気に満ちているものが多い。例えば「僕の歌は君の歌(Your Song)」「ダニエル(Daniel)」「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード(Goodbye Yellow Brick Road)」「土曜の夜は僕の生きがい(Saturday Night’s Alright for Fighting)」「ロケット・マン(Rocket Man)」「僕の瞳に小さな太陽(Don’t Let the Sun Go Down on Me)」「ベニーとジェッツ(Bennie and the Jets)」など、いつ聴いても色褪せない傑作がずらりと並ぶ。しかし、アルバム単位で聴くと、どれもつまらない。まとまりがなく、散漫だ。
とはいえ1枚だけ気に入ったオリジナル・アルバムがある。それが『ロック・オブ・ザ・ウエスティーズ』。このアルバムが発表された当時、私は「全米トップ40」というアメリカのラジオ番組を聴いていたのだが、前作『キャプテン・ファンタスティック』に続いて、初登場第1位という快挙に驚いた記憶がある。おそらく、べらぼうな数の予約注文が入り、発売と同時にそれらが売上枚数にカウントされたのだろう。
もちろん、たくさん売れたからいいとは思わない。その基準で言えば、食べ物ではマクドナルドがいちばんいいということになってしまう。はじめから売上目標が500枚というクラシックなど、ゴミにも等しくなってしまう。
しかし、そこまで売れたからには、それなりの理由があるはず。いま、ビリー・アイリッシュが売れているのと同じように。
『ロック・オブ・ザ・ウエスティーズ』は、エルトンが全盛期の、気力が横溢していた時期につくられた。それがありありとわかるのだ。頭から最後まで、音に張りがある。シングル・カットされた「アイランド・ガール(Island Girl)」など華もある(なぜか、この曲はどのベスト盤に収録されていない)。同じくシングル・カットされた「今夜は怖いぜ!(Grow Some Funk of Your Own)」も脂が乗り切ってプリプリしている(それにしても、この邦題は怖いぜ!)。
野球やサッカーや大相撲などアスリートには、もっとも力が漲っているピークが必ずある。ピークを境に老練な技を習得しく過程も妙味であるのは間違いないが、そんなものはまるで必要としない圧倒的な時期があるのだ。このことは小説家など芸術家にも共通しているだろう。
このアルバムは、そんなフィジカルなピークを感じさせてくれる。だから、理屈抜きに圧倒される。音に細胞というものがあるとするなら、細胞のひとつひとつが活発に動いているのだ。ベスト盤とは無縁のアルバムだが、長くつきあいたい1枚だ。
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