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紺碧の将

逆境をエネルギーに転化する、盲目のテノール歌手

file.062『ロマンツァ』アンドレア・ボチェッリ

 イタリア人のテノール歌手、アンドレア・ボチェッリの経歴がユニークだ。6歳でピアノを始めたというのはよくある話。

 人生が大きく変わったのは、12歳のとき。サッカーをしているとき、ボールが頭にあたったことが原因で、脳内出血し、視力を完全に失う。

 ふつうの人間であれば、生きる意欲を失うにちがいない。しかし、ボチェッリはそうではなかった。そのアクシデントを呪うどころか、前向きにとらえ、法学の勉強を始め、ついには法学博士になり、盲目の弁護士として世に出ることになる。

 さらに面白いのはその後だ。苦心の末つかんだ栄達に満足せず、子供の頃からの夢であった歌手になろうと活動を始める。

 ここでも、神サマはボチェッリに微笑む。イタリアの国民的シンガー、ズッケロが「ミゼレーレ」のデモテープを制作する際に行われたオーディションに参加するや、みごと合格するのである。

 

 彼のオリジナル・アルバムは数多くあるが、やはり最高傑作は、『ロマンツァ』だろう。1997年に発売され、ボチェッリのために作られた「コン・テ・パルティロ(Con te partiro)」をオープニングに、後に同曲のタイトルと歌詞の一部を英語に改め、「タイム・トゥ・セイ・グッバイ(Time to say goodbye)」としてサラ・ブライトマンとデュエットしたバージョンをラストに配し、世界的な大反響を巻き起こした。

 正直なところ、テノール歌手としては一流とは言い難い。しかし、彼にはほかの人が持っていない才能があった。それは、ポップなナンバーをも自然体で歌いこなせるという幅広い表現力である。クラシックの声楽を極めた人が歌うポップスやスタンダード・ナンバーを聴いたことのある人ならわかるだろうが、クラシックを歌いこなせるからといって、ポップスを歌えるとは限らない。美空ひばりがジャズの名曲「A列車で行こう」を歌うとヘンチクリンになるのと同じだろう。ところが、ボチェッリときたら、クラシックの名曲もイタリアの民族的な歌もポップなスタンダードも〝なんとなく〟歌いこなしてしまう。しかも、声質が適度にハスキーで、テノール歌手としては個性的過ぎる。

 ボチェッリを世界的な歌手にすることにもっとも貢献したのは、〝歌姫〟サラ・ブライトマンであろう。彼女との共演は、世界中の人々を魅了した。ドイツの国民的ボクサー、ヘンリー・マスケ(元世界ライト・ヘヴィー級チャンピオン)の引退試合でも、サラと共演し、万雷の拍手を受けた。

 このアルバムは、そんなボチェッリの特質が満載されている。どの曲も秀逸だが、とりわけデュエットが光る。「生きる(Vivere)」ではジェラルディーナ・トロヴァートと、「彼女のために生きる(Vivo per lai)」ではイタリアの人気歌手ジョルジアと、「ミゼレーレ(Miserere)」ではイギリスのロック・シンガー、ジョン・マイルズと共演している。それぞれ、相手の魅力を引き出しながら、自分の色もしっかり出している。

 もう1曲、特筆したいのは「ラプソディア(Rapsodia)」。静謐な曲調に、情熱の煌めきがある。

 

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