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紺碧の将

はるか高みの〝卒業証書〟

file.052『アビイ・ロード』ザ・ビートルズ

 音楽は緻密な秩序に則っているという点で数学に似ている。また、さまざまな素材を組み合わせて構築していくという点では建築にも似ている。自然界の法則と人間の営為がなんらかの意図のもとに結合したもののひとつが音楽だ。

 ビートルズの面々が、わずか数年の間に音楽の本質を知悉するに至ったという事実がにわかに信じられない。デビュー当時、あどけない表情で、操り人形のようなパフォーマンスをしていたバンドとはどうしても思えないのだ。それは4人の面貌の変化を見てもわかる。『アビイ・ロード』を録音した当時、彼らの顔と表情は、数年前と別人のように変わっていた。それはそのまま4人の音楽的個性と符合している。ジョンはより内省的でソリッドになり、ポールは多くの人の心を潤す稀有なメロディーメーカーになった。それまでジョンとポールの陰にいて目立たない存在だったジョージは東洋的なエッセンスをわがものにし、才能を一気に開花させた。ここに収められた「サムシング(Something)」と「ヒア・カムズ・ザ・サン(Here Comes The Sun)」は、一聴して平易に聞こえるが、ジョージにしか出せない味わいがある。また、後半のメドレーにおけるリンゴのドラミングはそれまでとは別人のように波に乗っていた。

 事実上、ビートルズの最後の作品となった本作は、1969年2月22日に録音が開始され、半年後の9月25日に完了し、9月に発売された。

 私は『アビイ・ロード』の発表をリアルタイムで体験していない。このアルバムを買ったのは高校生の頃だから、発売から数年経ていたことになる。

 だが、初めて聴いたときの衝撃はいまだに忘れられない。横断歩道を渡る4人の写真が写っているジャケットを持つ両手に力が入った。

 オープニングの「カム・トゥゲザー(Come Together)」のカッコいいことと言ったら! ハンドクラップ(手拍子のリズム)をこれほど効果的に使った例をほかに知らない。うねるようなポールのベースとスタッカートの効いたジョンのヴォーカルは他に類例がない。歌詞カードには対訳不可能と書かれていたが、リズムに合うことを優先して単語を選んだ結果だろう。重いリズムとジョンのヴォーカルは、徹頭徹尾オリジナルなもので、この世紀の傑作の幕開けにふさわしい曲だ。

 続く「サムシング」はジョージの頂点ともいえる曲。皮肉屋のジョンでさえ、この曲を絶賛している。ここで聞かれるギターの音色は、とびぬけてふくよか。ジョージよりギターが上手い人はこの世にゴマンといるが、こんなトーンを出せる人はいない。

「マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー(Maxwell’s Silver Hammer))」「オー! ダーリン(Oh! Darling)」と、ポールの曲が続く。

前者はポールらしく、チャーミングでお茶目な仕上がり、後者は一転して激しく咆哮する。ビートルズ解散後、ポールのヴォーカルは徐々に声域と声量を失っていくが、この曲でのヴォーカルは逸品だ。

 5曲目はリンゴの「オクトパス・ガーデン」(Octopus’s Garden)」。リンゴらしい〝抜け方〟で、次にくる極度の緊張へのブレスという役割もある。

 アナログではA面最後の曲が「アイ・ウォント・ユー(I Want You )」という、あけすけなジョンのナンバーだ。『アビイ・ロード』の録音はこの曲から始まり、半年の間、断続的に続けられたが、この曲にも表れているように、ジョンの心はバンドを離れ、ヨーコに絞られていた。「おまえが欲しい。欲しくてたまらない。気が変になりそうだ」と激しくヨーコを欲している様子をあからさまに表現している。ヴォーカルが終わってからの約90秒間は、まるで獣の呻吟のようでもある。

 アナログでB面の幕を開けるのはジョージのアコースティック・ナンバー「ヒア・カムズ・ザ・サン」。前の曲とはうって変わり、穏やかで楽観的な曲だ。ジョージは親友エリック・クラプトンの別荘の庭で日光浴をしながらこの曲のアイデアを得、仕上げたという。

 2曲目は「ビコーズ(Because)」。この曲のコーラスにビートルズの真骨頂が表れている。4人の声が重なり合ったとき、どれほど至福の音楽になるか。ついうっとりしてしまう。いつまでも聴いていたい曲だ。続く「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー(You Never Give Me Your Money)」から壮大なメドレーが始まる。断片ともいえる小曲を別々に録音しつないだというが、ジョン・マーティンの仕事は素晴らしいのひとことに尽きる。

 ポールの編曲能力の高さにも驚く。転調は思いのまま、テンポも自在にシフトチェンジを繰り返す。まさしく音楽という宇宙の秩序を知り尽くしているかのようだ。1曲のなかにいくつもの曲をつないだかのようで、まさにメドレーのなかのメドレー。万華鏡を覗いている気分にさせられる。

 次は「サン・キング(Sun King)」「ミーン・ミスター・マスタード(Mean Mr. Mustard)」「ポリシーン・パン(Polythene Pam)」とジョンの曲が続く。ジョンはこのメドレーに対して幾度も否定的なコメントを述べているが、自作の出来がポール作品に比べて劣っているとわかっていたからではないか。3曲とも悪くはないが、かといって出色の出来とは言い難い。

 続くポールの2曲で再びメドレーはダイナミックに展開する。「シー・ケイム・イン・スルー・ザ・バスルーム・ウィンドー(She Came In Through The Bathroom Window)」では効果的なベースラインを基に、縦横無尽に曲が展開する。ギターもスリリングだ。一転して「ゴールデン・スランバー(Golden Slumbers)」では、ビートルズとしての最期を予告するかのように包容力の子守唄に転じる。このあとの「キャリー・ザット・ウェイト(Carry That Weight)」もポールらしいメロディーラインが印象的だ。

 文字通り、最後の曲となる「ジ・エンド」(The End)」もポールの作品だが、ずっと縁の下の力持ち的存在だったリンゴをねぎらおうと思ったのか、ドラムソロのパートをつくり、劇的な幕切れを演出している。

 そして、ほんとうの最後はかなり間を開けた後、忽然と現れる。「ハー・マジェスティ(Her Majesty)」という25秒ほどのポールの小品だ。

 合計51分17秒に及ぶ、ビートルズ最後のアルバムは、こうして終わりを迎える。こののち、ジョージは3枚組アルバムで最盛期を迎え、ポールはよりポップな路線へ、ジョンは赤裸々な内容へと舵を切る。リンゴはよくわからないが、解散直後は予想外にいい曲を発表していた。

 こんなバンド、2度とお目にかかれないだろう。

 

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