音楽を食べて大きくなった
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紺碧の将

この世のものとは思えない、美しい旋律の洪水

file.049『ヴァイオリン協奏曲第1番』M.ブルッフ

 1990年、史上最年少でチャイコフスキー国際コンクールを射止めた19歳の諏訪内晶子が、ネヴィル・マリナーを戴いて凱旋コンサートを行った。プログラムはすべてモーツァルト(交響曲第36番・38番・ヴァイオリン協奏曲)。もちろん諏訪内はコンチェルトでソリストを務めたわけだが、若いのに堂々としていて、これは近い将来大物になると思った。

 その後に選んだ彼女の進路がユニークだった。いったん、音楽活動を休止して音楽とともにリベラルアーツを学ぼうと思い、ジュリアード音楽院、コロンビア大学、ベルリン芸術大学へと留学したのである。音楽家として続けていくには、人間的な成長が必要だと思ったらしい。

 前置きが長くなってしまったが、数年後、満を持して音楽活動を再開した諏訪内の初録音が、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番と「スコットランド幻想曲」だった。この盤の指揮もマリナーが執っている。

 ブルッフは、同時代に活躍したブラームスらと比較して、知名度があまり高くない。学校の音楽室に肖像画を掲げられることもない。一説では、ユダヤ人ではないかと疑われ、演奏機会を与えられなかったことが災いしたという。

 しかし、旋律の美しさは、万人が認めるだろう。この曲の冒頭など、過剰ともいえるほど叙情的だが、かといって情に流されない骨格(構成)の堅牢さも兼ね備えている。しかも、ただならぬ空気をはらんだ第1楽章は前奏曲という位置づけで、この曲のメインはしめやかで情念深い緩徐楽章(第2楽章)に置かれている。ブルッフの生きていた時代においては、かなり斬新な発想だったはずだ。この楽章は、第1楽章と同じように、ほぼ独奏ヴァイオリンが支配する。最終章も個性的で、躍動的なオーケストラに誘われて、ヴァイオリンが重音奏法で歓喜と憂愁を表す。まさにこの曲こそ、史上最年少で〝チャイコン〟を射止めた諏訪内晶子のデビューにふさわしい。

 

 協奏曲の醍醐味は、ソロ楽器とオーケストラの交感(あるいは会話)にある。そういう意味において、この曲ほどソロ楽器とオーケストラが濃密に交わる曲は少ないだろう。

 が、しかし、ブルッフはこの曲と「スコットランド幻想曲」だけが贔屓にされるのを苦々しく思っていたようだ。たしかにこの曲は、東西の一流ヴァイオリニストが取り上げ、名演奏も多い。ブルッフと聞けば、すぐさまこの曲を連想する人も多い(筆者もその一人)。

 ブルッフはこう語っていたという。

「2週間ごとに誰かがやってきては、私の第1番を弾きたいと言ってくる。さて、私は協奏曲をこの1曲しか書かなかったのかな」

 やって来た相手に皮肉を込めてそう言うものの、〝どいつもこいつも〟第1番しか演奏しなかった。ブルッフにとって、その他のヴァイオリン協奏曲も自信作だったのだ。一発屋のように思われるのが、よほど悔しかったのだろう。

 私の愛聴盤をもう一枚、あげたい。チョン・キョンファがルドルフ・ケンペ&ロンドン・フィルと共演したものだ。韓国人ならではの粘っこい、深い執念を感じさせる、彫りの深い独奏と老獪なケンペ操るオーケストラの、くんずほぐれつする展開が聴きどころだ。

 

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