音楽を食べて大きくなった
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紺碧の将

超絶ギターが醸す、地中海のパッション

file.033『エレガント・ジプシー』アル・ディ・メオラ

 世に超絶技巧のギタリストは少なくないが、そのなかでもとびきりバカテクを誇るのが、アル・ディ・メオラ。あるギター専門誌の読者投票で、4回も「最も優れたジャズ・ギタリスト」に選ばれている。

 とはいえ、私は技術を売り物にしているアーティストにはあまり触手が動かない。まして、フュージョンのジャンルには……。なんとなく、ベルサイユ宮殿の庭のような印象を受けるのだ。整えられてはいるが、心が動かされない。にもかかわらず、アル・ディ・メオラだけはときどき無性に聴きたくなる。理由は明白。彼の音楽世界のゲストとなって地中海を旅したいのだ。そんな思いにピッタリなのが、1977年に発表した『エレガント・ジプシー』。チック・コリア率いる「リターン・トゥ・フォーエヴァー」を離れた直後に発表した作品である。

 彼のギターテクニックは凄すぎる。速弾きは言うに及ばず、緩やかな旋律はロングトーンで情感豊かに響かせる。そうかと思えば、鍛え抜かれたアスリートのようにタイトな音をつむぐこともできる。アコースティックギターでもエレクトリックギターでもこなせる。しかも、ただ単に技術的にうまいだけではなく、彼の紡ぐ音は人間の喜怒哀楽そのものと思えるくらい、表現力がある。

 本作には6曲収録されているが、オープニングの「リオ上空(Flight Over Rio)」を除き、すべて自作ということからもわかるように、作曲能力もかなり高い。アスリートやアーティストには急速に成長する時期があるものだが、アル・ディ・メオラにとって、1977年前後はそういう時期だったのだろう。

 参加メンバーが豪華だ。パコ・デ・ルシア、ヤン・ハンマー、レニー・ホワイト、スティーヴ・ガッド、ミンゴ・ルイスなど一流のミュージシャンの名前がずらりとクレジットされている。特に3曲目「地中海の舞踏(Mediterranean Sundance)」におけるアル・ディ・メオラとパコ・デ・ルシアのアコースティックギターの競演はみごとの一言。ふたりとも涼し気な顔で(あくまでも想像だが)、情熱的なラテンの世界を表現している。その曲の導入部前に配置された「パーカッション・イントロ」も魅力的だ。ミンゴ・ルイスとレニー・ホワイトによるものだが、迫真の演奏と言う以外ない。

 2曲目の「真夜中のタンゴ(Midnight Tango)」は、まるで海辺のリゾート・ホテルで潮風に吹かれながら夜空を見上げているかのような感懐を得る。他の「スペイン高速悪魔との死闘(Race With Devil On Spanish Highway)」「ローマの貴婦人、ブラジルの妹(Lady Of Rome, Sister Of Brazil)」そして「エレガント・ジプシー組曲(Elegant Gypsy Suite)」もいっさい手抜きなし。すべてヴォーカルなしのインストゥルメントだが、聴き手をまったく飽きさせない。

 余談だが、アル・ディ・メオラ愛用のギターは、ジャケットにも写っているギブソンのレスポール・カスタム。まさに人馬一体のごとく体の一部になったかのようだ。

 ところでジプシーと聞けば、私には苦い体験がある。マドリッドの路上でのことだった。数人のジプシーが近寄ってきて、赤いバラを差し出し、10ペセタ(当時はユーロではなくペセタだった)で買ってもらえないかと言う。一瞬、警戒したが、陽気な表情につい脇が甘くなってしまった。日本円で数十円(たぶん)ならいいかと思い、財布の小銭入れを探したが、10ペセタ硬貨がすぐに見つからない。そうこうするうち、一人の女性が財布を覗き込み、「これが10ペセタよ」と言って1枚取り出した。

 数時間後、レストランでの会計の時に気がついた。日本円で5000円くらい抜き取られていたことに。すべての紙幣を盗むのではなく、大半は残し、何枚かだけ抜き取るという技が鮮やかだった。してやられたと思ったが、エレガントなジプシーに免じて許そうと思った。このアルバムを聴くと、そのときの感懐が蘇る。

 

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