多樂スパイス

私の師匠は

2011.05.12

 最近、「私の師匠は田口佳史先生と植物です」と思わず本音を漏らしてしまったことがあるのだが、その時、周りにいた人たちに失笑をかってしまった。

 おそらく、私が冗談で言っているのだと思っていたのだろう。

 ところがどっこい、本気なのである。

 このところ植物の力に関しては興味が尽きることなく、植物の能力に関する本をかなり読んでいる。エッセイ的なもの、スピリチュアルなもの、科学的に分析されたものなど、いつものようにいろいろなものをあたりかまわず胃袋に放り込んでしまうという方法で摂取している。

 結果、植物の力を少しずつ知るにつれ、この方たちは「師匠」だという思いに至ったのである。植物は他の動物とちがって、移動できない。だからこそ、生存のためのさまざまな知恵が内蔵されている。ある意味、「移動できない」という運命を受け容れ、その条件の中で最大限の創意工夫をしながら生をまっとうするなんて、ナンピトたりとも真似のできるものではない。それだけでエライのである。

 例えば、背丈を伸ばすための仕組み。言うまでもなく、背丈を伸ばすということは周りの障害物を避けて、少しでも多くの太陽光を浴びようという目的のためである。脳や目や耳を持たない植物が、どのようにしてそのようなことを実行に移すのか? これは相当スペクタクルな話である。さまざまな遺伝子のスイッチをオンにしたりオフにしながら適宜対応している。もちろん、私たちの体もそれ相応に精巧な働きがなされているのだが、私たちは「知識」というものをもっているだけに、本来備わっている力を発揮しにくいのだと思う。まして、最近は便利になるばかり。ますます感覚は鈍くなる一方である。

 例えば、カーナビ。私もそれをありがたく使っている身なので、あまりひどいことはいえないが、あれを使うことによって、本来備わっていたものを失っていることは明らかだ。

 前置きが長くなってしまったが、明治神宮御苑には変な木がたくさんあるという話だった。

 上の写真、根本が魚のヒレのようになっている。なぜ、そうなったのだろう。そうならなければいけない何かの事情があったのだろうか。

 もちろん、わからない。ただ、眺めてため息をつくのみである。

(110512 第250回 写真は明治神宮御苑の変人ならぬ変木)

 

 

 

 

 

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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