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おせっかいな社会

2011.03.07

 とにかく日本の社会は病的なほどおせっかいな社会だ。まさしくビョーキといっていい。どこへ行ってもおせっかいなアナウンスとおせっかいなサインで溢れている。

 気が休まらない。電車に乗れば、やれ白線の内側に下がってほしい、列車が通過するので注意してほしい……、電車に乗れば、やれどこどこには何時何分に到着する、グリーン券は車外で買うのと車内で買う場合と値段が異なる……、コンサート会場へ行けば、やれどの線に何列で並んでほしい…。

 また、街を歩けば、店頭で拡声器をもってがなりたてるお兄さんがたくさんいるが、思わず猛ダッシュして顔面に何かをお見舞いしたくなってしまう。

 同じように、都会の真ん中から地方のあぜ道に至るまで看板や標識の氾濫で、まともに見ていたら気が狂いそうになる。

 例えば右上の写真。ミラノのなにげない小径だが、道路標識が2枚あるのみ(しかも石柱に掛けるタイプ)で、あとは何もない。こういう風景が、人の営みとして当たり前なのではないだろうか。

 ヨーロッパに限らず、アメリカでもアジアでも電車のアナウンスは最小限(時にはまったく無言)なので、着いた駅がどこなのかわからなくなることがある。車で走っていても、交差点での標識はほとんどない。でも、言うまでもないことだが、目的の場所へ行くためには「自分で調べなさい」ということである。

 日本はいつのまにか騒音+雑音×ゴチャゴチャな風景というのが当たり前になってしまった。そういうことが日本人の感性に及ぼす影響は計り知れないと思う。

 もちろん、ここまで「おせっかい国家」にしてしまった原因は、国民ひとりひとりである。何か事があるたびに行政や企業にクレームをつけるため、世の中が「責任逃れの予防措置」だらけになってしまった。

 

 それにしても、上の写真。足下から帽子まで黒ずくめに深紅のショールを巻いた年輩のご婦人が石畳の曲がりくねった道を颯爽と歩く姿は、なんとも絵になるではないか(小さくて見づらいね)。

 以前、アルファロメオのパトカーに乗っていた若い警官が車に出てくるや、窓ガラスを鏡がわりにして髪型を整えているのを見たことがあるが、「まったくイタリア人てやつは!」とあきれ果てたものの、それもつかの間、美しい風景の中に身を置いていれば、おのずと自分の風貌にも関心がいくはずと妙に得心がいった。

(110307 第234回)

 

 

 

 

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Profile

髙久多美男

髙久多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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