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絶対自由の境地を得るためのてがかり

2011.01.27

 我が師・田口佳史先生の新著が発売されたので大々的に宣伝してしまう。

 『老子の無言』。

 昨年4月に出版された『論語の一言』に続く一書で、これによって儒学と老荘思想(『老子の無言』では『老子』ばかりではなく『荘子』についても触れている)のエッセンスを理解する最良の手立てが用意されたと言っていい。

 『論語』は人としてのあるべき姿を提示しているという点で、じつにわかりやすいというか、当たり前のことばかりだが、一方の『老子』は一筋縄ではいかない。私もそれを学び始めた頃は戸惑った。字ヅラを表面的に受け取ると、怠惰でマヌケな人間の方が社会のために頑張っている人よりも価値があると思い込んでしまう。

 ところが、ところがである。そんなに薄っぺらなことではないと気づかせてくれたのが、かの田口先生であった。

 本書の中に次のような一節がある。

 

──私にとって、人生における成功とは、「絶対自由の境地」と呼んでいるもの。人生を曇りのない目で見つめ、何物にも冒されずに自らの思うところに従って愉快に生きていくこと。

 人生というのは人間が卓越するためにあると考えています。何かの分野で、あるいは生き方そのものに卓越して「名人・達人の領域」になって「絶対自由の境地」に遊ぶ。それを達成することに、人生の醍醐味があると思うのです。

 

 そのために『老子』はきわめて有効だということである。イチローも『老子』の体現者であると説いている。

 本書は全部で6章だて。「生き方の手本は『道』にある」「自分を見失っていないか」「やり過ぎていないか」「無用な戦いをしていないか」「強くあろうとしていないか」「イチローは老荘思想の体現者」という構成だ。

 

 ところで、本書には現実と夢を同一視する『荘子』のくだりがあるのだが、それを読んだ時、少し鳥肌がたった。

 というのは、ときどき、“今、この時はもしかしたら現実ではなく夢なのではないか” と思うことがあるからだ。ほんとうは今、臨終の間際であり、自分の一生を走馬燈のように回想しているのではないかと思ったりして、ちょっとアブナイ顔になることがある。

 ただ、そういう時は、脳内にアルファ波が溢れているのだろう。これから起こるであろう未来の愉しいことも紙芝居のように映し出されるのである。ときどき過去のシーンも映るが、大半は近未来のことだ。

 と、それはさておき、読者の皆さん、『老子の無言』(光文社)をぜひお買い求めください。下記HPよりご購入できます。

http://www.tao-club.net/books.shtml

(110127 第225回 写真は『老子の無言』と白雲)

 

 

 

 

 

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Profile

髙久多美男

髙久多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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